あなたと
すっかり夕方になってしまったこの時間、騎士団棟へと向かう途中、中庭の前を通ると、空は夕焼けでほんのりと染まっていた。
綺麗だな、そう思って見上げながら歩いていると、聞き慣れた声に呼び止められた。
「ルリ様?」
「珍しいですね、こんな時間に」
ヴァイオレットちゃんとアーサー君だ。
そういえば、ふたりが取り組んでいる薬草園やポーション作りも順調だと聞いている。
以前のような少し影のある表情はなく、背筋をぴんと伸ばして、元気そうだ。
レオンとアルがさっと控え礼を取った。
あ、そうだった。ふたりは王族なんだもんね。
人前だしと思って、慌てて私もそれに倣おうとすると、普通にしていてほしいと言われたため、いつも通りに接することにする。
紅緒ちゃんや黄華さんとお茶会だったのだと伝えれば、仲良しですねと返ってきた。
そういえばこのふたり、紅緒ちゃんと黄華さんに嫉妬してたんだっけ。
そのあたり、どうなったんだろう?
「私たち、実はこの前おふたりに謝ったんです。あまり良い態度ではなかったでしょうから」
まさに今思っていた疑問に、ヴァイオレットちゃんが答えてくれた。
でもそっか、謝ってくれたんだ。
「訳を話したら、笑って許して下さいました。それと、黄の聖女様からは、体調の悪い時に薬を処方してくれてありがとうとも。大した効き目じゃないはずなのに、助かったと言ってくれたんです」
アーサー君も、穏やかな声で話してくれる。
きっとふたりとも、今は充実した毎日を過ごしているのだろう。
焦らず、一歩一歩進んでいけば良いんだって、そう思えるようになったのかもしれない。
「ふふ。話してみると、ふたりとも素敵な人だったでしょう?私にとっても、大切な友だちなんです。ですから、おふたりにも仲良くなってもらえると、嬉しいです」
私の言葉に、ふたりがはいと返事をしてくれた。
特に紅緒ちゃんは、ひょっとしたら、未来のお義姉さんになるかもしれないんだもの。
気が早いかもしれないけど……やっぱり仲良くしてほしいと思う。
「殿下方、そろそろ……」
「あ、ごめんなさい。ふたりは忙しいのに、話し込んでしまったわね」
護衛さんの遠慮がちな声に、我に返る。
レオンだって今から仕事なのだし、付き合わせてしまって申し訳ない。
慌ててふたりに別れの挨拶をする。
今度はゆっくりお茶しましょうと伝え、ついでにスコーンも少しだけどおすそ分けすれば、笑顔が返ってきた。
できれば、陛下と紅緒ちゃん、黄華さんも一緒に。なんて、よくばりかしら?
ちょっぴりそれを期待しつつ、ふたりと別れ、足を進める。
レオンにも待たせてごめんと謝ると、呆れたような眼差しが返ってきた。
「聞いてはいたが、あの殿下方をああも手懐けてしまうとはな。全く君は」
「ええ、同感です。毎回毎回、本当に驚かされますね。ちなみに赤と黄の聖女様も、殿下方の変わり様に、さすがルリ様だと感嘆されていたようですよ」
いやいや、別に手懐けてるわけじゃありませんから。
「ちゃんと餌付けもなさったでしょう?この前も、今も」
……ま、まあね!だって喜んでくれるんだから、あげたいじゃない!
決して手懐けようとしている訳ではないことは、きっぱりと言わせてもらった。
……はいはいと軽く流されたけど。
そんな私とアルのやり取りを、胡乱な目でレオンが見ているのに気付いたのだが、私は知らないふりをしたのだった。
「じゃあ、お仕事頑張ってね」
「ああ。夜食があるからな、今日は楽しみがあるから頑張れそうだ」
騎士団長室に着いて中に入ると、サンドイッチとスコーンの入った包みを軽く掲げて、レオンが言う。
簡単なものだけど、いつもレオンはこうやってお礼を言ってくれる。
何気ないやり取りだけど、その……すごく幸せだなぁって思う。
少しだけ表情を崩して笑ってくれるところも、優しい声も、好きだなぁって。
だけどその分、離れるのが寂しかったりもするんだけどね。
「どうかしたか?」
「ううん。昨日、今日ってたくさん一緒にいれて、嬉しかった。また騎士団にも差し入れ、持って来るね」
寂しさを押し殺して、笑う。
けれど、上手く笑えていなかったのか、レオンがそっと私の頬に手を添えた。
「俺も、また連絡する。言っておくが、寂しいと感じているのは、ルリだけじゃないからな?」
「!な、なんで……」
図星を指されてかぁっと頬を染めると、くすっと笑われた。
「外でアルフレッドが控えているからな。声、出すなよ?」
「こえ?っ、ふうっ」
そしてすぐに唇を重ねられた。
最初は優しく、啄むように。
それが次第に、深くなっていく。
「っ……は、あっ」
息が苦しい。でも、嬉しい。
恥ずかしいのに、もっと、と思ってしまう。
縋るようにレオンのマントをきゅっと握ると、背中を支えてくれていた手に、力がこもる。
「ふ、うんっ。れ、おん……」
鼻にかかる自分の声が、甘い。
うっすらと開いた目から見えたレオンの瞳からは、確かに熱が感じられた。
好き、好きだ。
この気持ちを、なんて言えば伝わるのか、分からないけれど。
「レオン、私……」
もっと、あなたと深く繋がりたい。
そう、口にしようとした時――――。
コンコン。
「えーっと、お取り込み中かもしれませんが……。ラピスラズリ団長、陛下から伝令のようですよ?使者が来ています」
「「………………」」
部屋の外からのアルの声に、私たちふたりは我に返り、互いに顔を真っ赤にさせて目を逸らすのであった――――。




