愛馬
翌日。私は部屋でレオンと話していて、お酒を飲み始めてからの記憶がおぼろげだった。
「う〜ん、確か紅緒ちゃんの話をしていて……。レオンに励まされて、それから……?」
「いや、覚えていないならそれで良いんだ」
なぜか諦めたような表情のレオンに、私は首を傾げるしかなかった。
覚えていない。覚えていないけど、多分私は何かやらかしたのだろう。
「えーっと、ごめんね?」
「いや、謝るようなことは何もしていない。ただ、ひとつ約束してくれ。俺がいない所では飲まないこと。それと、飲むにしても少量にすること。あと、男に勧められても絶対に飲まないこと」
……ひとつじゃない。
そう思いはしたが、ここは大人しく頷いておこう。
そして、私はできるだけ飲まない方が良いらしい。
確かにグラス一杯しか飲んでないのに記憶がないなんて、おそろしい。
飲みやすいし美味しいと思ったのだが、意外と強いお酒だったようだ。
「それと、赤の聖女様から誘いがあったぞ。今日、王宮に来れないかと」
「!きっと陛下と話した件だよね。分かった、ありがとう」
そうだ、それを心配してレオンと話していたんだった。
陛下とちゃんと話せたのだろうか。
「一日空いているとは言っていたが、黄の聖女様の都合も聞いておくと言っていたから、一度連絡してみると良い」
「そうだね、ありがとうレオン」
その後紅緒ちゃんに通信し、黄華さんとも都合を合わせて昼過ぎに王宮で会うことになった。
時間があるので、紅緒ちゃんの好きな甘いものを持って行こうと思い立ち、チョコチップスコーンを作ることにした。
元の世界のコーヒーショップでよく頼んでいた、ケーキのピース型のもの。
家でも食べたくて作ってみたら、意外と簡単にできることが判明して、それからは板チョコとホットケーキミックスでよく作ってたなぁ。
まぁこの世界にホットケーキミックスなんてものがあるはずもないので、生地からちゃんと作るんだけどね。
それでも、そんなにたくさん材料があるわけじゃないし、大変ではない。
紅茶やコーヒーに合うのよね。
たくさんできるし、ラピスラズリ家のみんなの分も作っておこう。
そうして焼き上がったスコーンを包んで、王宮へ行く準備をする。
今日はレオンが送ってくれると言うので、お言葉に甘えることにした。
「わざわざごめんね」
「いや、どうせ夜勤で夕方には出仕しなくてはいけないからな。少し早めに行くだけのことだ」
それに差し入れももらえたしなと、レオンがスコーンの入った包みを揺らす。
甘さ控えめが好きなレオンには、ビターチョコ入りのほろ苦スコーンを作ってみた。
夜勤だって言うから、簡単なサンドイッチも一緒に。
気に入ってくれると良いな。
そんなやり取りをしながらエントランスから外に出ると、そこにはセバスさんが一頭の馬を連れていた。
黒い、綺麗な毛並みの馬だ。
レオンがセバスさんにお礼を言って綱を持つと、さあ行こうかとこちらを向いた。
「え、馬で行くの!?」
「ああ、たまにはどうかと思ってな。良いだろう?」
こくんと頷く。
前にスタンピードの遠征に行った際、馬に乗れると良いなぁって思ったっけ。
なかなか機会がなくて、陛下に子守唄を歌いに行った時以来練習することはなかったけど、レオンと一緒なら安心して乗れそうだ。
レオンの愛馬、名前はルカ。
とっても賢くて、少し気位が高いんだって。
……私、乗せてもらえるのかしら?
「大丈夫だ。私が気を許した相手なら、こいつも従ってくれる」
レオンがそう言うので、恐る恐るルカに触れてみる。
わ、意外と硬い。でも温かくて、綺麗な毛並みだ。
「よろしくね、ルカ。乗せてくれる?」
意思の強そうな目を見ながらそう聞いてみると、じっと見つめられた。
しばらくそのまましていると、やがてぺろりとルカが私の頬を舐めた。
「気に入られたみたいだぞ。良かったな、ルリ」
ぺろぺろとなおもルカが舐めてくる。
「本当?嬉しい!ルカ、ありがとう」
レオンのお墨付きをもらえたのなら、大丈夫なはずだ。
鼻の先を撫でると喜ぶぞと言われたのでやってみると、こしこしと手のひらに擦りつけられた。
「じゃあ頼むぞルカ。私の恋人だからな、慎重に走ってくれ」
そう言って先に騎乗したレオンが、私に手を差し出した。
上手く乗れるかなと不安に思いながらも、セバスさんに手伝ってもらいながら乗り上がる。
「わぁ……!高い!」
思っていたよりも目線が高くて驚く。
だけど、怖いわけじゃない。
むしろ、すごく気持ち良い。
「じゃあ進むぞ。ルカ、ゆっくり頼む」
レオンが合図を出すと、ルカがゆっくりと歩き出す。
わ、動いた!すごいすごい!!
「思っていたよりも平気なようだな」
「うん!すごく楽しい!」
ルカが気を遣ってくれているからだろうが、揺れもそれほど激しくないし、緩やかな走行は風が気持ち良い。
うしろから感じる体温が温かいから寒くないし……って、あれ。
「どうかしたか?」
みっ、耳元!ち、近い……!
初めての乗馬体験ではしゃいでいて気付かなかったが、このうしろから抱き締められている格好は、かなり恥ずかしい。
体温を感じるのはもちろん、しゃべりかけられると耳に直接響く。
馬車と違って周りからは丸見えだし、何よりこんな綺麗な馬に、こんな美形騎士様が乗
っているのだから、目立たないわけがない。
チラチラと見られている……!
視線が痛い!!
「え、えーっと。レオン、私平気そうだし、もう少しスピード出しても良いよ?」
ここでルカから降りるのは無理だ。ならばせめて、早いこと終わらせよう。
そう思ってレオンに提案したのだが、あえなく却下されてしまった。
油断すると危ないから、だって。
真面目だなぁ……でもそう言われてしまったら、このまま耐えるしかない。
「昨日のお返しに、これくらい良いだろう」
「?何か言った?」
うしろでレオンが何か呟いたと思ったのだが、何でもないと言われる。
そしてなぜか上機嫌?
「……ね、ひょっとしてわざと距離詰めてない?」
「ばれたか?」
もう!と怒りたくなったが、ここは馬上。
バランスを崩して落馬する訳にはいかない。
赤くなる顔を自覚しながら、私は黙ってこの羞恥に耐えるしかないのであった。




