フォルテと新しい教師
リーナちゃん達と穏やかに日々を過ごし、随分この世界にも慣れてきた頃。
朝食の席で、そろそろリーナちゃんの令嬢教育も新しい物を始めてみては?という話になった。
「そうですね…因みに、3歳くらいだと、どんなことを習い始めるんですか?」
まさか歴史や算術の勉強とは…言わないよね?
「そうですね、音楽などどうでしょう?」
「そうね。リーナ、音楽は好きそうだし。楽器は何がいいかしらね?」
「ところでルリは何か弾けるのか?」
レイ君、リーナちゃんの事を考えて受け入れやすいものをチョイスしてくれたんだろうなぁ。
それにしても楽器か…果たして、元の世界と同じものが存在しているのだろうか。
殆んどのものがそう変わらないので大丈夫だとは思うが、念のため。
「うーん。そんなに、です。この家にはどんな楽器があるんですか?」
こう返せば、幾つか名前が出てくるはず!
侯爵家だもの、色々持ってそう。
「では、この後器楽室をご案内しましょうか?」
レイ君、ぜひお願いします!
ラピスラズリ邸は、広い。
そりゃあなんたって上流貴族で、しかも栄えているお家だ。
若干方向音痴な私は、普段から立ち寄ることの多い場所以外は足を踏み入れないことにしている。
迷子になること間違いないからだ。
その立ち入ることのない場所に、器楽室はあった。
器楽室、って言うから楽器が置いてある倉庫みたいな所かと思うじゃない?
でも、違うの。
立派なグランドピアノが30畳くらいのホールに置いてあった。
ダンスの練習が出来るようになってるんだって。
収納庫の中にはヴァイオリンやフルートなんかも置いてあり、知っている物ばかりでほっとする。
「これならちょっと弾けるよ」
「グラァヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテですね」
「…うん?」
「フォルテ、の方が分かり易いですか?略して呼ぶ方が多いらしいですね」
ああ!そう言えばピアノって略した名前って聞いたことある。
そうか…こちらの世界では"フォルテ"が残るのか。
「るりせんせい、すごい!ひいて!」
「そうですね。ぜひ、聞いてみたいです」
お子さま達にキラキラした目で見られると、断り辛い。
まあ、細く長く続けてきて仕事にも役立ったこの技術(?)、使わないのも勿体ないか!
「そんなに期待しないでね。楽譜無いし、童謡くらいなら…」
久しぶりに触れるピアノは、元の世界のものと同じような感触や重さで、弾くのに戸惑いもなかった。
くまさんと女の子が出てくる、可愛らしい童謡を弾き語りする。
ああ、久しぶり。
園のみんなと一緒に、色々歌ったなあ…。
ちょっと淋しくなってしまったけれど、楽しく弾けたと思う。
「こんな感じかな?どう?」
弾ききって振り向くと、ぽかんとした顔のレイ君とリーナちゃんがいた。
あれ、なんかこの感じは…。
「す、ごいですね、ルリ様。演奏しながら歌われる方なんて、初めて見ました」
「おうたも、ふぉるても、じょうずー!!」
ああ、やっぱりー!!?
フォルテをルリ様に習っては?と言われたが、丁重にお断りした。
弾けるのと教えられるのは別だ。
それにしても、元の世界と同じだと思って油断すると全く目新しい物だった、ってやつには気を付けないと。
弾き語りは童謡程度にしておこう…。
「るりせんせい、さっきのね、おうたなんだけど」
一緒にお絵描き(私は絵本製作)をしていると、リーナちゃんが思い付いたように話しかけてきた。
「あれも、えほんなの?」
「え?いや、お歌だよ?」
「そうなの?でも、おはなしみたいだった」
ああ、なるほど。
確かにあの曲はストーリー性のある歌だ。
そういえば、歌を題材にした絵本も何冊か見たことがある。
…作ってみるの、面白そう。
「せんせい?」
「あ、ごめん。そうだね、お話みたいな歌だね。せっかくだし、絵本にしてみようかなあって思うんだけど、リーナちゃんはどう思う?」
「!いいとおもう!みたい!!」
あー美少女スマイル頂きました。
リーナちゃん、すっかり笑顔が増えて感情表現も豊かになってきたなあ。
アリスちゃんと時々遊んでるのも良い影響よね。
フォルテ(ピアノ)の先生も、良い人だといいな。
よし、私も歌とコラボした絵本作り、頑張ろう。
数日後、リーナちゃんのフォルテの先生が決まったとのことで、ご挨拶に来た。
「これからリリアナお嬢様にフォルテを教える事となりました、クレア=アメジストと申します。お見知りおきを」
にっこりと微笑んだ先生は、目元のキリッとした美人さんだった。
背も高くてスラッとしてて、モデルさんみたい。
きっと優雅な演奏をするんだろうなぁ。
まじまじと見つめていると、くいっとリーナちゃんに服の裾を引かれた。
「はっ!すみません、あんまり美人さんなので思わず見とれてしまって。家庭教師を務めています、ルリと申します」
和泉瑠璃、と名乗るのはこの国では変わっているなと思われてしまうので、名前だけで名乗る。
平民は家名が無いらしいので、怪しまれる事はない。
それにしても、このやり取り、エレオノーラさんの時もやったな…私、美人に弱いからなぁ。
「いやだわ、お上手ね。それで、後ろの可愛いお嬢様がリリアナ様かしら?」
「はい。さ、リーナちゃん、ご挨拶して?」
今までは誰かの背に隠れていて、挨拶なんてしたことがないというリーナちゃん。
エレオノーラさんからカーテシーも習ったし、頑張ってほしい。
少し私の後でじっとしていたが、やがておずおずと前に出て来てくれた。
「…リリアナ=ラピスラズリです。よろしくおねがいいたします、せんせい」
ごうかーーーーく!!!!
できた!言えたね!!そしてカーテシーも完璧!!!
いやー、感慨深いわぁ!!
見てよエドワードさんとレイ君の、涙でも流しそうな程に感動している顔!
エレオノーラさんも、うんうんと頷いて満足そうだ。
「あら、人見知りだと聞いていたのだけれど…。ふふふっ、家庭教師の先生のご指導が宜しいのね、きっと。リリアナ様、こちらこそ、よろしくお願い致しますね」
少し目を見開いて驚いた素振りを見せたが、すぐに綺麗に笑うと、リーナちゃんに目線を合わせてそう言ってくれた。
うん、見た目通り、頼りになりそうな素敵な先生だ。
リーナちゃん、仲良くなれるといいね。




