羨望か嫉妬か
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眠ってしまった瑠璃を前に、レオンハルトはやれやれと彼女を胸の中に抱き、ぽんぽんとあやすように背中を叩いた。
『あれ?瑠璃さーん?もう寝ちゃった?』
そこに紅緒の声が響く。
いつもなら邪魔が入ったと落胆する所だったが、今回は助けられたなと思う。
酔って正常な意識ではないルリと体を重ねる訳にはいかない。
かといって、キスをしたり触れ合ってしまえば、我慢するのはかなり厳しい。
それぐらいに酔ってとろんとした目に、朱の指す頬の彼女は色っぽかった。
普段は清楚で無垢な印象なのに、少し酒が入るだけでこうも変わるのか。
自分以外の男の前では飲まないように、言い聞かせなければなと思う。
『ちょっと遅かったか。仕方ない、また明日……』
「ああ、すまない赤の聖女殿。ルリは酔って眠ってしまったんだ」
少量とはいえ、飲ませてしまったのは自分だ。
紅緒に謝ろうとレオンハルトは事情を話した。
『――――なるほどね。黄華さんも、こっちの世界のお酒は飲みやすい割に、意外と強いって言ってたのよね。団長さんが思ってた以上に、瑠璃さんはお酒に弱かったみたいね』
あははと笑う紅緒は、怒ってもいなければ、呆れてもいなかった。
邪魔してごめんねと謝る紅緒に、レオンハルトはむしろ助かったのだと答えた。
『?邪魔されて怒ってないの?』
不思議そうに聞く紅緒に、酒の勢いでどうにかなってしまう前に止めてくれて助かったのだと伝えれば、真面目ねぇとため息をつかれた。
『……でも、それが団長さんの良いところね。瑠璃さんが愛されているのが、すごく良く分かる』
「……そういえば、陛下とお話はされたのですか?」
寂しさの混じる声に、レオンハルトは少しだけ踏み込んでみた。
『うん。あいつの事情も気持ちも、ちゃんと話してくれた。あとはあたしの気持ちがどうかだと思う。……簡単には返事ができなくて、瑠璃さんに話を聞いてもらおうと思ったんだけど』
タイミングが悪かったわねと苦笑いしたのが、声だけでも分かる。
「確か、明日は空いていると言っていた。そちらの都合さえ良ければ、会いに行くようルリに言付けておきましょうか?」
『……ありがと。そうしてくれると、助かる。私も明日は、一日空いているから。黄華さんにも予定聞いておくわ』
それにしてもこの三人は仲が良い。
一緒に召喚されたとはいえ、性格も年齢もバラバラで共通点なんて探す方が難しい三人。
それでも、彼女たちは互いに認め合い、励まし合ってこの世界に留まってくれている。
自分たちには関係ないと言う権利があるのに、そう思うことはなく、この国のために尽力してくれている。
嬉しいことがあれば笑って、他人の幸運すらも喜んでくれる。
――――それが、我々の罪の意識をどれだけ軽くしてくれていることか。
彼女たちは、考えたことがあるのだろうか?
「貴女たちは、この国を憎いとは思わないのですか?」
そんなことを考えていたら、つい、言葉に出してしまった。
しまった、とレオンハルトは口を塞いだが、もう遅い。
少しだけ間を置いて、赤の聖女の声が響いた。
『……最初は、憎んでいたかもしれないわね。だけど、私の性格上、それを続けるのは難しかったみたい。住めば都ってね。それに、こっちの人たち、みんな良い人なんだもの』
動揺のない、真実を口にしていると分かる声だった。
そのことが、もうひとつ聞いてみたいと思ったレオンハルトの口を緩ませた。
「では、貴女はルリを慕っているように見えるが、妬んだりする気持ちはないのですか?傍から見れば、彼女は成功しすぎている」
事情を知っている者たちからすれば、彼女が努力したことも、苦しんだこともあった上でのことだと分かる。
だが、それを知らない者からすれば、ルリは運良く何でも手に入れた成功者のようなものだ。
実際、それを妬むご婦人も少なくはあるが存在している。
では、今まさに悩みあぐねいている赤の聖女。
彼女の、気持ちは?
『妬む?それはないわね』
少しだけ踏み込み過ぎかと一瞬思ったレオンハルトの虚を突く、あっけらかんとした答えが返ってきた。
『そりゃあ羨ましいとは思うわよ。美人で優しくて、料理も上手で。私にないもの、たくさん持ってる。あ、それにあなたみたいなイケメンの恋人もいるし?』
でも、そうだなぁと紅緒は少しだけ考える。
『でも、嫉妬とは違う。私は瑠璃さんになりたい訳じゃない。私は私の好きなこともやりたいこともあるし、貴方の恋人になりたい訳でもないもの。瑠璃さんが努力しているのを見て、ああ私も頑張ろうと思える。私にとって瑠璃さんは、そんな人よ』
何の迷いもないその言葉は、本音だと分かる。
『でも、ひとつだけ。なんであたしってば、男を見る目がないんだろ。団長さんみたいな人を好きになれば良かったのに』
あ、これは誰にも言っちゃダメよ?と紅緒が笑う。
『だけど……あ、ううん。ごめんなさい、話しすぎちゃった。ありがとう、団長さんと話したら、ちょっと冷静になってきた』
なぜお礼を言われたのかは分からなかったが、少しだけ、この少女の力になれたのならば良かったと笑う。
『あれ、今笑った?瑠璃さんの前でしか笑わないのかと思ってた。ふふ、ちょっと嬉しいかも』
嬉しい?なぜ?とレオンハルトは首を傾げた。
『まあいいや。じゃあ申し訳ないけど、伝言よろしくお願いします。それと、本当に邪魔してごめんなさい。瑠璃さん、一応覚悟はできてると思うから、そんなに遠慮しなくて良いと思うわよ?じゃあね』
そこで通信は切れた。
ところで最後の言葉は――――と思ったところで、レオンハルトの顔が赤くなった。
そして腕の中ですやすやと眠る愛しい恋人を覗き込む。
安心しきった顔が、嬉しいような悲しいような。
ところで自分のことを指したのだろう、いけめん、とは何だろうと、どうでもいいことをレオンハルトは思うのだった。
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