バル風味
夕方、厨房で料理の仕上げをしていると、ひょっこりとレオンが顔を覗かせた。
レオンハルト様!?と料理人のみんながぎょっとしている。
まあ普通はこんなところに出入りしない人だもんね、驚くのも無理はない。
「ああ、今日も料理を作ってくれていたのか。楽しみだな」
ちょっと久しぶりだからね、私もそんな優しい眼差しで見つめられると、胸がきゅんってしちゃう訳ですよ。
ほらほら、侍女さんたちの顔も真っ赤じゃない。
ラピスラズリ家では、もうすっかりこの柔らかな表情がお馴染みだけど、王宮でお仕事中のレオンは、冷静沈着な“青銀の騎士様”なんだよね。
すごく凛々しくて、そんな姿もすごくかっこいいなぁって思う。
思うけど、でもやっぱり私に向けてくれるこの表情が好きだ。
「レイ君とリーナちゃん、レオンに会えるの楽しみにしてたから、先に行ってあげて。私ももう少ししたら出来上がるから」
「分かった。待っている」
そう言うと、レオンはふわりと笑って厨房を出て行った。
早く帰って来てくれて良かった。
私も話したいこと、たくさんあるし。
料理とお酒も、喜んでもらえると良いな。
「おいルリ、顔がニヤけてるぞ」
「えっ!?嘘っ!」
本当だ、とにやにやしながらテオさんがからかってきた。
うう……どうして私の表情筋は素直なんだろう。
こうも思っていることが表に出やすいのは、正直自分でも直さなければと思っている。
「ま、それがルリの良いところでもあるからな。そう気を落とすな」
ぽんぽんとテオさんに頭を撫でられる。
「……子ども扱いしないで下さい」
ぷくっと頬をふくらませてみれば、わははとまた笑われた。
私もまだまだだ、そう思いながらもこうした時間が嫌いじゃない。
こんな時にふと、やっぱり転移してきたのがここで良かったと、そう思うのだ。
「お待たせしました。今日はお酒に合うものを作ってみました。レイ君とリーナちゃんには、お酒風ジュースを作ってみたよ」
そして夕食。いつもの食堂にみんなが揃い、マリアやマーサさんと一緒に、料理を並べていく。
ブルスケッタにガーリックポテト、チーズフォンデュはみんな何これ?という顔をしている。
ワインを添えれば、まるでイタリアンバルみたいなメニューになった。
「わあ!これ、じゅーす?」
「ワイングラスに入れるだけで、確かにお酒のように見えますね」
目の前に出されたジュースを見て、リーナちゃんとレイ君が目を輝かせた。
うふふ、見た目って大事よね。
気分だけでも大人と同じものを味わえる。
「!んっ、すごくおいしい!これなに?」
一口飲んだリーナちゃんが、ぱっと顔を綻ばせる。
隣のレイ君も頬が緩んでいるところを見ると、どうやら気に入ってくれたようだ。
私が作ったのは、ノンアルコールカクテル、ファジーネーブル風。
まあつまり、ピーチジュースとオレンジジュースを混ぜて、グラスに輪切りのオレンジを添えたものだ。
それだけでぐっとオシャレに見えるから、不思議だよね。
「何だそれは!?甘いのか?美味いのか?」
エドワードさんが前のめりだ。
予想はしていたが……やはり。
テオさんの指摘通り、ちゃんと用意しておいて良かった。
エドワードさんの分もありますよと伝えれば、満面の笑みが返ってくる。
これにはエレオノーラさんやレオンが、申し訳無さそうに私に視線を送ってきた。
いえいえと苦笑を返せば、はぁとため息をついたのが分かる。
まあ私も飲みたかったし、作る量が多少増えたところで問題ない。
「さあさあ、テオさんたちが作ってくれたお料理も冷めちゃいますし、いただきましょう?」
ワイングラスを片手に、みんなで料理を堪能しようじゃないですか!
まずみんなが興味を示したのは、やはりチーズフォンデュ。
温めてトロトロになったチーズの前に、ブロッコリーやニンジンなどの野菜や、パン、ソーセージなんかも置いてある。
単純だけど、これが美味しいのよね〜。
まずは見本、とフォークにブロッコリーを刺してチーズを絡める。
チーズたっぷり!カロリーは気になるけど、これが美味しいのだ!
はふはふしながら口に入れると、程よい塩味のついたブロッコリーと、濃厚なチーズの風味が合わさって、たまらなく美味しい。
んん〜!と惜しみなく美味しいことをアピールすると、みんなも私の真似をしながらそれぞれ好きな具材をチーズに絡め出した。
「「「!美味しい!!」」」
「ちーずがとろっとして、すごくおいしい!」
「本当だ。これならリーナもたくさん野菜が食べられそうだね」
よしよし、チーズフォンデュは好評みたい。
ブルスケッタはオープンサンドみたいなものだし、トマトやチーズなど、具材も馴染みあるものだから抵抗なく口に入れてくれているわね。
あとはガーリックポテトだけど……。
「……酒に合うな」
レオンの呟きにうんうんと頷く。
以前作ったフライドポテトも、やめられない止まらないだったけど、これはこれでお酒が進む一品だ。
味見したテオさんも、エールに手を伸ばしかけていた。
イーサンさんに出したら、お酒とポテトを無限に飲み食いしそうだなぁと想像して、くすりと笑う。
イメージだけど、ウィルさんとかもお酒に強そうだよね。
私も、もう少しお酒に強かったら一緒に飲んだりできるのになぁ。
「そういえば、ルリはあまり飲まないのね。遠慮しているのなら、気にしなくていいのよ?」
「あ、えーっと。好きは好きなんですけど、あまり強くなくて。今度、寝る前にちょびっとだけ試してみます」
エレオノーラさんが気にかけてくれたけど、しばらく飲んでなかったし、こちらの世界のお酒のアルコール度数がいかほどなのか、それも気になる。
元の世界では、酔ってもすぐそこにベッドがあったから問題なかったけど。
油断して飲みすぎて、しばらくうとうと……なんて、向こうでもザラだったのよね。
しかも今日は、ついついお酒を飲みすぎてしまいそうなメニューだ。
みんなの前で倒れて醜態を晒すわけにはいかないし、ここは我慢しよう。
エレオノーラさんもそれ以上は勧めず、慣れてきたら一緒に頂きましょうねと言ってくれた。
「このチーズフォンデュとやらは、意外と簡単なのだな。野営でもできそうだ」
そして、レオンが自然な流れで話題を変えてくれた。
「あ、そうだね。チーズを焦がさないように気をつければ、野営でもできると思うよ。それと、チーズだけじゃなくて、チョコフォンデュっていう……」
「チョコ?チョコレートですか?」
「なにっ!?それはどうやって作るのだ!?」
つるっと滑らせた私の言葉に、レイ君とエドワードさん、ふたりの甘党が反応してしまった。
あーあーあという顔をしたエレオノーラさんとレオンに残念な目で見られる。
そして、わたしもたべてみたい!というリーナちゃんの鶴の一声で、結局後日チョコフォンデュを作ることになったのだった。




