異端児の思い
確かに状況を聞くと、私ってばかなりダメな女じゃない!?
互いにそんなつもりがなくてもそう見られてしまうのだ、恐ろしい……。
ひょっとしたら、そんな噂のせいで紅緒ちゃんやレオンにも、嫌な思いをさせてしまっているかもしれない。
紅緒ちゃんとは訓練などで会う機会に話すとして、しばらくレオンとはゆっくり話せていないし、都合を聞いてみよう。
とりあえず、まずはリアムさんの誤解を解かなくては。
「えーっと、すみません。お話を聞いていて、自分がいかに浅はかだったかを自覚しました。実はですね……」
言い訳をするみたいになってしまうが、伝えないわけにはいかない。
陛下と、紅緒ちゃんと、レオンの名誉を守るためにも!
「――――では、私の勘違いだった、と」
「ええと、そう思わせてしまった私の言動にも、問題があったのだとは思うのですが……」
紅緒ちゃんと陛下のことは、私が教えて良いことでもないので、薄っすらとぼやかして話す。
しかし、ひとつひとつ説明してみると、確かにリアムさんにそう思われても仕方ないわ……と改めて感じた。
でも陛下とどうにかなるなんて、考えたこともないし、考えるつもりもない。
妃候補とか、何の冗談よ。
「……まだあなたの話全てを信じた訳ではありませんが、それが本当ならば、今までの私の態度は失礼でしたね。申し訳ありません」
リアムさんはそう言うと、ぺこりと私に向かって頭を下げた。
「そんな、謝らなくても……!私も悪かったのですし」
慌てて頭を上げるように告げると、少しだけ表情を和らげてくれた気がした。
あ、警戒を解いてくれたのかも。
それならもう一度と、先程の質問を繰り返す。
なぜ教育に興味を持ったのか。
そして、それを何に活かそうとしているのか。
「なぜ……ですか。そうですね、少し長くなりますが聞いて頂けますか?」
「はい、ありがとうございます」
そうして、リアムさんはぽつぽつと話してくれた。
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私は、ローズクォーツ家の異端児だった。
しかし、だからといってって爪弾きにされていたとか、そういうことはなく、むしろ普通に可愛がられて育ってきた。
そのため、成長して思うようになった。『自分は、自分に出来ることで家の力になりたい。』
家風とは異なる性格のため、あまり積極的に領地経営には口を出さない方が良い。
自分が関わると空気を壊してしまうかもしれないから。
けれど、ならば自分には何ができるのだろう?
そう思い、友人達に向いていると勧められた王宮の文官になって、それを探すことにした。
仕事は順調と言えなくもないが、自分にできる何かを見つけられずに悶々とした日々を送っていた時に、あの魔物騒動が起こった。
家を出た身とはいえ、領地は大切な場所だ。
居ても立ってもいられず、助けを求めに、考えなしに騎士団へと駆け込んだ。
その時、たまたまその場に居合わせた赤の聖女様を見て、思った。
ただ助けてもらうだけでは駄目だ、次に備えて、自分たちで対応できるようにしないと。
新しい魔法を次々と生み出す聖女様、この人に教授頂けたなら――――。
思わず、頼み込んでしまった。
当然ながらその派遣は叶わなかったが、魔術師団員たちが代わりに、自領の魔術師たちに様々な魔法を教えてくれた。
あんな無礼を働いたのに、聖女様は話を聞いて、魔術師団員たちに頼んでくれたのだ。
なんて素晴らしいお方だろう、そう思うと同時に、人材育成の重要性に気付いた。
そんな時、お礼を伝えに行った際に、赤の聖女様は言った。
『この国の教育を変えようとしている瑠璃さんの方が、もっとすごい』
教育……そうか、人材育成の基本は教育だ。
幼少時から、魔法もそうだがしっかりとした教育を受けていれば、時間はかかるが成果が表れるはずだ。
私が探していたのはこれかもしれない、そう思った。
幼少教育、その推進を掲げている“青の聖女”。
容姿の整った男にいつも囲まれているという、異世界から召喚された聖女のひとり。
その境遇にはこの国の民として、申し訳なさと同情を覚えるが、正直言ってその様子は好ましく思えない。
無駄に甘ったるいこの容姿のせいで、女性関係では良い思い出がない。
色目を使う令嬢たちと、彼女も変わらないのだろう。
溺愛していると噂のラピスラズリ第二騎士団長も、その程度だったということだろうか。
表には出していないが、カイン陛下を一途に慕っている赤の聖女様の方が余程……。
いや、しかし教育に関して成果をあげているのは事実だ。
人見知りだと有名だったラピスラズリ侯爵令嬢の家庭教師を見事に務め、提案した公園事業も軌道に乗っている。
それに、あのシトリン伯爵も携わっている事業には、興味がある。
ならば多少苦手な相手であっても、その事業に関わって、ヒントを得たい。
そんな時に、公園の管理者募集の話を聞いた。
迷うことなく応募して、面接も受けた。
その際間近で見た青の聖女は、確かに清らかな見た目の美人だった。
だが、ここでもやはり美形の護衛を侍らしていて、しかも自分にまで媚を売ろうと微笑んできた。
思わず睨んでしまったが、もしかしてそのせいで落とされてしまうかもしれない、後にそう思った。
しかし、予想とは違って面接には合格、候補者の中に入ることができた。
そして公園に出向いての視察。
シトリン伯爵との会話の中に青の聖女が入ってくることがあったのだが、一応ちゃんと仕事の話をしている。
教育事業に対しては、確かにきちんとしているのかもしれない。
ならば応募した甲斐もあるな、そう思った時に、候補者のひとりが青の聖女に絡んでいた。
初めはまた色目を使ったのか?と呆れていたが、しばらく様子を見ていると、本気で迷惑そうな顔をしているのに気付いた。
苦手な相手ではあったが、放っておくこともできず、思わず手を出してしまった。
うしろで恐ろしい顔で睨んでいる護衛のことを伝えて適当に追い払うと、心底ほっとした彼女の様子を見て、今までの印象とのズレを感じる。
……ただの男好きというわけではない、のか?
気まずく思って立ち去ろうとすると、話をしたいと引き止められた。
少しなら、話を聞いてみても良いかもしれない。
そう思って、青の聖女と並んでベンチに腰掛ける。
その後、彼女の話を聞いて印象がガラリと変わることとなるのだが、この時の私は知る由もなかった。
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