尊敬と敬愛
陛下がそろそろ自室に戻ると言うので、一度みんなの所に戻ってきた。
すると、何か言いたそうな紅緒ちゃんに気付き、陛下が口を開く。
「明日は休みだったな。夕方なら時間が取れるから、空いたときに遣いを寄越す。待っていてくれるか?」
「……っ、分かった。部屋で待ってる」
きっと話す約束をしたというあれだろう。
良かったねという思いを込めて、紅緒ちゃんに笑顔を向けると、はにかんで頷いてくれた。
すると、陛下はちらりと黄華さんの方を見て、それに対し黄華さんもにこりと微笑んだ。
『これで良いんだろう?』
『まあ許しましょう。』
そんな会話が聞こえた気がした。
そ、そういえば黄華さん、陛下相手におど……説得したんだった。
黄華さんの表情に、陛下がほっとしたのが分かる。
ま、まあ何はともあれ、これでふたりの仲が戻るきっかけになると良いな。
自室へと戻る陛下を見送り、みんなのお腹も落ち着いた様子なので、食後のお茶を飲むことになった。
「そういえば、瑠璃さんは例の公園の件で面接官をしたんでしょう?どうだった?」
すっかり元気を取り戻した紅緒ちゃんが、わくわく顔で聞いてきた。
「うん、まあ、なかなか大変だったけど、良さそうな人もいたよ。リアムさんってローズクォーツ家の……」
「「「リアム=ローズクォーツ!?」」」
ガタガタガタッと紅緒ちゃん、黄華さん、イーサンさんが立ち上がる。
「意外な人物の名前が出てきましたね……」
ウィルさんも珍しく驚いている。
あれ、みんな知り合いなの?
驚く理由が分からず首を傾げていると、ウィルさんが説明してくれた。
なんとリアムさん、半年ほど前に第二と第三の合同訓練中に、突然やって来たらしい。
何をしに?と思っていたら、どうやらお目当ては騎士の派遣と、そしてなんと紅緒ちゃんだったらしい。
その様々な魔法を生み出す才能を、自分の領地でも発揮してもらえないかという話だったそうだ。
そもそもローズクォーツ家は、類稀な美男美女の多い家系で、性格は温厚……というか、呑気者が多いらしい。
特に出世欲や向上心も高くなく、日々を楽しく過ごせればそれで良い、という考えが浸透しているのだとか。
しかしその当時、王都から遠く離れた領地の周りを囲う森で、魔物が多発していたという。
領主に似て普段から呑気な性格の領民たちは、はじめこそそれほど気に留めていなかったのだが、だんだんとその発生頻度が増えるにつれて、不安に思うようになった。
そこでローズクォーツ家の異端児、リアムが立ち上がった。
彼は家系特有の甘い顔立ちとは正反対に、神経質で物事を計画的に進めていく性格の持ち主だった。
三男ということで、領地経営には携わらず王宮に文官として勤めており、勤務態度も優秀で実績もある。
今までなら家のことには積極的に関わろうとしなかったのに、今回ばかりは流石に放っておけなかったようだ。
「その訴えを聞いて、俺たち第三の奴らと魔術師たちがローズクォーツ領へ向かい、魔物を殲滅してきた」
「ベニオ様には、領地の魔術師たちに魔法を指導して欲しかったようですね。まあ流石に派遣することは叶いませんでしたが」
イーサンさんとウィルさんがそう教えてくれた。
そうか、ただ助けを求めるだけではなくて、今後を考えて領地の人材育成をしようと思ったのかもしれない。
また次があるかもしれない、それに備えて自領の者のレベルアップを図るのはいい考えだと思う。
「一緒には行けなかったけど、魔術師団のみんなには、向こうの人に教えてあげてって、お願いしたの。行けないわごめんなさい、だけなんて心苦しいから」
紅緒ちゃんがそう付け足す。
そうよね、スタンピードでもないのに、そうやすやすと遠くにまで聖女を派遣するのは難しいだろう。
「それだけでも、とリアムさんは感謝していましたわねぇ。しかも、その結果がかなり実りあるものだったらしくて。領地の魔物の件が解決した後は、すっかり紅緒ちゃんを尊敬の目で見るようになってしまいました」
黄華さんが苦笑する。
そうか、紅緒ちゃんに教わった魔術師さん達が、ローズクォーツ領で紅緒ちゃんが考えた魔法を広めたのか。
そしてその画期的な魔法に感動した、と。
「紅緒ちゃん、すごいのね」
「いや、あたしは特に何もしてないんだけどね……」
いやいや、それだけ魔術師さん達にも慕われているってことよ。
「ですが、そんなリアムさんが公園の管理者を希望されるなんて、どういうことなのでしょうね?」
「確かに……」
助けてもらって感銘を受けた!とかなら、騎士団か魔術師団だろう。
聞けば王宮での仕事もバリバリやってるみたいだし、子どもや公園とはなかなか結びつかない。
まあ、その件とは関係なく、元々興味があるという可能性もあるか。
「そういえば、私ってばリアムさんに嫌われてるみたいなのよね」
思い出したようにぽろりと零せば、またみんなが驚きの表情になる。
「る、瑠璃さんを嫌う人なんているの!?」
「珍しいことだと私も思いましたが、そうですね。尊敬とか、敬愛の情は感じられなかったです」
信じられないと紅緒ちゃんがまた立ち上がるが、アルがさらりとそれに返す。
尊敬や敬愛は感じられなかったって……悪かったわね。
それどころか嫌われてる感すらありますけど!
「しかしルリを嫌う理由はよく分からんな。初対面だったのだろう?」
「確かに他のローズクォーツ家の者と違って、誰にでも好意的というわけではありませんが、初対面の人間を理由なしに嫌うような人物ではないと思うのですが……」
イーサンさんとウィルさんも首をひねる。
「うーん。こういうのってドラマやマンガだと、紅緒ちゃんを思うあまり、目の上のたんこぶな瑠璃さんを嫌うとか、そんな理由だったりしますけどねぇ」
「はあ?そんなわけないでしょ」
「はは……私はたんこぶですか」
冗談ですよと黄華さんは言うが、まあ確かに考えられなくもない、かな?
なにはともあれ、これから一緒にやっていくことになれば、そうも言ってられないよね。
「まあ、その時は努力して認めてもらうしかないかな」
私もまだまだだということだろう。




