お土産
「ああ、もうこんな時間か。すっかり長居してしまったな」
当初の心配など無かったかのように、とても和やかにお茶会は進んだ。
「レオン叔父上、騎士団にお戻りですか?」
「ああ、書類作業が溜まっていてな。第三の団長があんなだから、私の所に皺寄せが来る。今日は遅くまで団長室に籠ることになるだろうな」
そんなに忙しいのに何故ここに…と思わなくもないが、可愛い甥と姪との時間を作りたかったのだろうと思い直す。
それくらい、二人に対して優しく接していたから。
「あ、そうだ。少しだけ、待ってて頂けますか?」
思い付いた物を用意してもらうために、マリアに耳打ちをする。
任せて下さい!と頼もしく返事をしてマリアは厨房へと向かった。
皆でテーブルを簡単に片付けて、玄関までレオンハルトさんを見送る。
丁度マリアがお願いしたものを持って駆けつけてくれた。
「ありがとう、マリア。レオンハルトさん、もしよろしければこれ、どうぞ。お土産です」
そう言って箱と袋に個包装されたものを渡す。
「土産?」
「はい。気に入って下さったようなので、カツサンド、少し包んでもらいました。今日のお夜食にでもして下さい。クッキーも二、三日はもつと思うので、口が寂しくなったときにでも」
「ーーああ、それは有難い。どれも美味しかったからな。遠慮なく、頂く」
もし断られたら、と思うのは杞憂だった。
柔らかく微笑んでお土産の入った包みを受け取ってくれた。
それにしてもこの笑顔で何人の女性を…いや、考えるのは止めよう。
「お仕事、頑張って下さいね」
「叔父上、またいらしてください」
「れおんおじさま、またね」
「ああ、また寄せてもらうよ」
ーーーこれで今日の任務は完了!
大成功に終わって良かったよかった!
「あのレオンハルト様が女性に微笑まれるなんて…!!?」
「ルリ…無自覚タラシの犠牲者を着々と増やしているわね…」
そんな使用人の皆さんの言葉なんて聞こえるはずもなく、今日のお仕事の完遂に一人ほっとしていた私だった。
因みにその夜。
「おとうさま、これ、るりせんせいとつくったんです。たべてください」
「何だって!?…ああ、とても美味しいよ。まさかこんな事が出来るようになったなんて!すごいな、リーナ!!」
感動して涙まで流しているエドワードさんを、エレオノーラさんとレイ君が生温かい目で見つめる。
良かった…エドワードさんの分も残しておいて…。
まるで最初からお父様のために作ったんですよ的な空気を流しているリーナちゃんは、将来立派な侯爵令嬢になれると思う。
うん、3歳児女子を舐めてはいけない。
ラピスラズリ邸での茶会の後、第二騎士団の団長室に戻ったレオンハルトは、やはり遅くまで書類作業に追われていた。
だがその表情は、僅かだが機嫌が良さそうだった。
「ふう…やはり終わらないな」
いつもなら頭が痛くなるような仕事も、今日は着々と進めることが出来ていた。
「ああ、これのお陰かも知れないな。そろそろ休憩して、頂こう」
その手には昼間ルリから貰った包みがあった。
「美味いだけじゃなく、腹持ちも良いな。この時間まで集中することが出来た。ああ、あのほろ苦いクッキーも好みだった。明日にでも頂こう」
普段昼間に食べている軽食では、なかなかこの時間まで腹が持たず、顔には出さないがイライラしてしまいがちだ。
だが今日はとても仕事が進んでいた。
「ルリ、か」
子ども達に向ける優しい笑顔を思い浮かべ、レオンハルトはまた一口、土産を口にした。
リリアナの就寝時刻の為に瑠璃が退席した後、エドワード、エレオノーラ、レイモンドは食後のお茶を楽しんでいた。
「それで、レオンとルリはどうだった?」
「どう、とは?」
不意に投げ掛けられた質問に、レイモンドは首を傾げた。
「仲良くなれそうだったかしら?」
母親からも身を乗り出して問われ、ますます困惑する。
「はあ、そうですね。…言われてみれば、始めこそ女性相手で警戒していた叔父上も、ルリ様のおおらかな態度と美味しい料理に、リラックスしていたと思います」
そうなのね!やっぱりな!と声を重ねて盛り上がる両親に、レイモンドはジト目になった。
「父上、母上、まさか…」
「まあまあ、そう睨むな。だが、レイモンドもよく考えてみろ。あのレオンが、女性を前にリラックスしていたなんて、普段のあいつからは想像つかないぞ!?それにルリだって、今は家庭教師として居てくれているが、リーナが成長したら分からない。ひょっとしたら、また旅に出ることだって有り得る」
「そうね、それは困るわ。ああ!あの二人、さっさとくっつかないかしら!?」
「確かに…それは、困るかも…」
父も母も真剣そのもので、何だかレイモンドもそんな気になってきてしまっていた。
それに、自分を良い意味で子ども扱いしてくれるルリは、レイモンドにとっても大切な存在になりつつあった。
レオンハルトもルリも、互いに好き合って穏やかに過ごせるなら、こんなに幸せなことはないと思う。
「そうでしょう!?だからね、レイ。私たちでレオンハルトを急き立てましょう!」
「いやいや、こういうのはあまり外野が口を出さない方が…。さりげなく、会える口実を作ったりするくらいで良いのではないか?」
「甘いわ!!」「甘いですね」
今度は親子の声が重なる。
「父上、言わせていただきますが、あの二人、相当に鈍いですよ。ルリ様はあれだけ独身の使用人からアプローチを受けているのに、全く気付いておらず、寧ろ『私モテないのよね』等と言っています」
「レオンハルトだって、女性を遠ざけてきたから、ちっとも女心が分かっていないし、自分がルリに惹かれていることも自覚していないのでしょう!?」
「「そんな二人に任せておけません」」
「…仲良いね、君たち」
そうこうしているうちに、その日の夜は更けていったーーーーー。




