ふたりの一歩
それまでほとんど話さず後方で護衛に徹していた騎士さんが急に声を上げたので、思わずみんなで振り向いてしまった。
すごく驚いた表情をしている。
よく見れば、侍女さんたちも同じ様な顔をしていた。
「……まあ、あなた達が驚くのも分かるわ。私達、あまり貴族の子たちと関わろうとしなかったものね」
そんな護衛さんや侍女さんたちの顔を見て、ヴァイオレットちゃんが息をつく。
そっか、魔法のことでコンプレックスがあったりして、周りからも気難しいって思われてたんだっけ。
ひょっとしたら、色々言われるんじゃないかって、同年代の子たちとも親しくなれずにいたのかもしれない。
というか、多分そうなのだろう。
「ご無礼を、すみません!しかし、そうお考え頂けると、皆が喜ぶと思います!」
護衛さんはテーブルに近寄ると、がっとその両手をとり、アーサー君に向けて破顔した。
王族だもの、本当は貴族の人達と関わることも大事な責務のはずだ。
本人の性格などもあるので今までは様子を見てきたのだろうけど、本当は繋がりを持ってほしいと思っていたんだろうな。
ところでアーサー君が前向きな発言をしたが、ヴァイオレットちゃんの方は……?
ちらりと表情を伺うと、眉間に皺を寄せていたが、仕方ないわねとため息をついた。
「……分かったわよ、アーサーがそう言うなら、私だっていつまでも逃げたりはしない。ちゃんと交流の機会を持つようにするわ」
わっ、と護衛さんや侍女さんから歓声が上がる。
うーん、アーサー君の時よりも皆さんの喜びが大きいということは、きっとヴァイオレットちゃんの方が頑なに避けていたのだろう。
侍女さんたちなんて、早速ドレスをとか、お茶会の日程をと盛り上がっている。
「どうせなら、ラピスラズリ家の兄妹とも会ってみたいわ。多分、小規模なガーデンパーティーとかお茶会とかを開くだろうから、呼んでも良いかしら?」
「レイ君とリーナちゃんに伝えてみますね」
「兄上には、私からも伝えておきます」
私とレオンがそう答えれば、ほっとした表情を見せた。
緊張してるのかもしれないな。
でも、きっとふたりにとって大切なことだと思う。
貴族との繋がりって意味ももちろんあるだろうけど、友だちを作るって意味でも。
リーナちゃんだって、アリスちゃんと友だちになってから、すごく活発になったもの。
今ではお茶会などで知り合った子の何人かと友だちになれたみたいだし。
アーサー君やヴァイオレットちゃんにも、そういった出会いを大切にしてほしいな。
「お友だち、できると良いね」
真っ赤な顔をして、別に友だちが欲しくてやるんじゃないわ!と否定するヴァイオレットちゃんがとっても可愛くて、私とレオンは顔を見合わせて微笑む。
ふたりが新しい一歩を踏み出そうとしている。
きっと、王族としても、ひとりの人間としても、これから新しい世界が見えてくるはずだ。
私も、そんなふたりを応援していきたい。
きっと、素敵な大人になれるからね。
その日の夜。
夕食の席で、早速レオンから話を聞いたエドワードさんが、ガーデンパーティーの話を出した。
私からも、レイ君とリーナちゃんに参加してほしいとお誘いがあったことを伝えると、驚きはしていたが、快く了承してくれた。
「おうていでんかと、おうまいでんか、はじめておあいするわ」
「僕も。どんな方たちなのか、楽しみです」
「うん、今まであんまりお茶会とかに参加してなかったんだって。だから、ふたりともちょっぴり緊張してるかもしれないけど、すごく良い子たちだから大丈夫だよ」
念のため恥ずかしがりやさんなふたりの特徴を伝えておく。
特にヴァイオレットちゃんはツンツンしちゃいそうだし、嫌われてるのかな……って誤解されちゃったらもったいないもの。
照れているだけだと分かれば、ただただ微笑ましいんだけどね。
エレオノーラさんも驚きつつも喜んでいたし、きっと招かれることになるだろうから、仲良くなれると良いな。
特にレイ君とアーサー君は同い年だしね。
そんな感じで賑やかな夕食を終え、リーナちゃんと絵本を読んでおやすみの挨拶をする。
自室に戻る途中、窓から覗く月を見て、足を止めた。
静かに窓を開いて外の空気を吸うと、秋の夜風が頬に当たる。
明日の夕方には、遠征に出ているみんなが帰ってくる。
何も知らせがないということは、恐らく何事もなく無事でいるということなのだろう。
レオンも問題なく調査も進んでいるらしいって言ってたし、予定通り帰れるはずだ。
不安を減らすためにポーションを作ったのだが、心配とはどうやってもしてしまうものらしい。
そう思いながら月を見上げる。
みんなも、ご飯食べて、こうやって月を見てるのかな。
そうだと良いな。
「よし。明日はベアトリスさんと一緒に、美味しいものたくさん作ろう」
そして、おかえりなさいって、笑顔で出迎えたい。
明日は仕事がお休みなので、遠征帰りのみんなの夕食作りを手伝う約束をしたのだ。
騎士のみんなが好きなおにぎりと、黄華さんの好きな和食、それに紅緒ちゃんの好きな甘いもの。
「みんなに喜んでもらえるように、頑張らないと」
よし、と気合を入れると、もう一度月を眺めてみんなの無事の帰還を願うのだった。




