見送り
廊下に出ると、ウィルさんと宰相様が待っていてくれた。
「悪かったな、レオン。急に呼び出して」
「いや、まあ仕方がないだろう」
ウィルさんの謝罪に、レオンはそう返すものの、どことなく落ち込んでいるように見えるのは、私だけだろうか。
いや、ウィルさんも何かを察したのかレオンにもう一度謝っている。
私は……うん、ちょっぴりほっとしたけど、やっぱり残念だった、かも。
残念だったって伝えたら、レオン、どんな顔するかな?
い、いやさすがにそれは恥ずかしすぎて言えないや。
「ルリ様も、こんな時間に申し訳ありませんでした」
「ええ。しかし、助かりました」
「あ、いえ。良かったです、お役に立てて」
申し訳無さそうに謝ってくるウィルさんと宰相様にそう答える。
それほど遅い時間でもないし、陛下が倒れたって聞いてびっくりしたけど、ゆっくり眠れば大丈夫そうだから良かった。
帰ろうとレオンが言ってくれたので、私達はここで失礼することにした。
帰りも二人乗り、だよね。
行きはまだ急いでたし、緊急事態だったからそんなに会話もしなかったけど……。
帰りは先程の比ではないくらい、レオンの体温を意識してしまいそうだ。
ううっ、私、耐えられるかしら……。
そんなことを考えながら、ウィルさんと宰相様に挨拶をし、私達はフレイヤの待つ厩舎へと向かった。
******
「陛下はすっかりおやすみのようですね」
「ええ、レオンとルリ様のおかげですね」
レオンハルトと瑠璃を見送った後、ウィルとシリルはカインの穏やかな寝顔を確認して、ほっと息をついた。
普段こんなに遅くまで仕事をしないウィルだが、ラピスラズリ邸に行くというレオンハルトの為に、今日は仕事を少しばかり引き受けていた。
それがまさか、倒れたカインを発見することになるとは……と、早めに気付いて良かったと思う一方で、慣れないことをして疲れたなとも思っていた。
「では、私もこれで失礼します」
早く片付けて帰ろう、とウィルがその場を去ろうとした時、ああ、とシリルから声をかけられた。
「そういえばあのふたりは恋仲だという噂でしたね。ですが、あなた方の会話を聞いていると……一線は、越えていらっしゃらない?」
宰相ともあろう人が、他人の色恋などに興味が?と意外に思い、眉を上げる。
しかし、友人のそのような話を気軽に口にするウィルではなかった。
「……さあ。しかし、想い合っているのは確かでしょうね」
当たり障りのない返答だが、しっかりと事実は伝える。
今は割と落ち着いているが、異性から人気のあるふたりだ。
変に横槍を入れたりはしないでほしいと、ウィルは思っていた。
「……成程。ああ、すみません呼び止めて。お疲れ様でした」
一瞬、シリルが冷たい目をしたように思えたが、すぐにその表情は笑顔に変わり、するりとウィルの脇を通り抜けて去っていった。
そのうしろ姿を見つめ、ウィルはため息をつく。
「嫌な予感がするな。……しばらく大人しかったが、狸親父ぶりは健在ということか」
気をつけろよレオン、と、ウィルは誰に聞かせるでもなく、独りごちた。
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そして、遠征出発日。
この頃はずいぶん眠れるようになった陛下も、遠征に参加できることになったらしい。
目的地がそれほど遠くないし、もともと二泊三日の予定でそこまで過密スケジュールな行程でもないからと侍医さんからの許可も下りたらしい。
まあ陛下の回復力のすごさ故ってのもあるよね。
まだ21歳だっけ?
若いって素晴らしい。
紅緒ちゃんと黄華さんのことも心配だから、今日はこうして見送りに来たんだけど……。
やっぱり紅緒ちゃんと陛下はどこかよそよそしい。
まだ話してないんだろうな。
紅緒ちゃんに聞いたら、体調も悪そうだったし、この遠征が終わったら、時間をとって欲しいと言うつもりだそうだ。
陛下だってこのままで良いとは思っていないだろうから、ちゃんと話してくれると良いな。
……黄華さんの圧力のこともあるから、時間くらいは取ってくれるだろうし。
そうして、ふたりやルイスさんなど顔なじみの騎士さんと話をしていると、出立の時間になった。
「ふたりも、気をつけてね。何かあったら、黄華さんの通信魔法でいつでも呼んでね。紅緒ちゃんが転移魔法で迎えに来てくれれば、飛んでいくから」
「ありがとうございます。通信魔法って本当に便利ですわね」
「ポーションもあるから大丈夫だとは思うけど、もしもがあれば、迎えに来るわ。悪いけど瑠璃さん、お願いね」
その言葉に頷き返し、ちらりと陛下を見ると、アーサー君とヴァイオレットちゃんの頭を撫でている。
きっとポーション作りを頑張ったことを労っているのだろう。
お兄ちゃんに褒めてもらえて、ふたりも嬉しそうだ。
そう、ふたりの働きもありポーション研究は順調、十分な量を確保できた。
多少戦闘があって怪我人が出たとしても、前回のウィルさんのような重症でなければ回復できるはずだ。
調査が主な目的だと言うし、大丈夫だとは思うけど、やはり心配はしてしまう。
無事で帰って来てねと気持ちを込めて、紅緒ちゃんと黄華さんの手をきゅっと握り、見送る。
騎士さん達もそれほど固い顔をしてなかったし、大丈夫、だよね?
「大丈夫ですよ、陛下はお強いですし、アクアマリン副団長やルビー団長もついていらっしゃいますから」
隣に立つアルが優しく励ましてくれる。
「さあ、シトリン伯爵との打ち合わせの時間になりますよ。急ぎましょう」
うん、そうだよね。
私は私で、やらなくてはいけないことがある。
「さ、今日は面接ね!」
子どもたちのことを考えて働いてくれる、良い人が来てくれると良いな。




