掌の温度
ごめんなさい!
少し短いですがキリが良いので……。
「――――そして、ふたりは幸せにくらしました。おしまい。あれ?リーナちゃん、寝ちゃってる……」
「ああ、ついさっきな。今日は随分と疲れていたらしい」
その日の夜、私とレオンはリーナちゃんにねだられて一緒に寝かしつけていた。
絵本を読んでいたら、いつの間にか眠ってしまったらしい。
私とレオンの間ですやすやと眠るリーナちゃんの寝顔は、あどけなくてとても可愛い。
「寝ちゃったなら、止めてくれても良かったのに。子ども向けの絵本、聞いててつまらなくなかった?」
読んでいた本は、この世界に来たばかりの頃に私が作ったもの。
内容も絵も素人のものだし、レオンが聞いても面白くなんてないと思うけれど。
「そんなことない。ルリの声は落ち着くからな。それに、読むのがとても上手い。人物ごとに声色を変えたり、物語の描写によってテンポを変えたり、そうするだけでぐっと惹きつけられるな」
「あ、ありがとう……」
うわ、読み聞かせを褒められるなんて、ちょっと嬉しいかも。
実は絵本、大好きなんだよね。
自分が小さい時からたくさん本を読んだり読んでもらったりしたからだと思うんだけど、こうやって聞いてもらうのも好きだ。
子どもたちが真剣な顔で見てくれているのも、すごく嬉しいしね。
「折角だから、子守唄も歌ってくれないか?俺を助けてくれた時の、あの曲が良い」
ぽすりと横になって上目遣いでおねだりしてくるレオンは、言いようのない色気が溢れている。
くっ……これだから美形は!
「……一曲だけね?」
例によって断ることなどできる訳もなく、すうっと軽く息を吸って、旋律を紡ぐ。
もうこの曲を歌っても、哀しい気持ちにはならなかった。
ただただ、“懐かしい”。それだけ。
薄情だと言われるかもしれないけれど、私はこの世界で生きると決めたから、これで良い。
想いを込めて歌い切ると、レオンにじっと見つめられているのに気付いた。
「久しぶりに聞いたが、心に響く歌だな。少し言葉が分かりにくいのだが、どういう意味の歌詞なんだ?」
「ああ。私達の世界でも、随分昔に作られた曲だから、古風な言い回しが多いの。……遠い故郷を思って、いつの日にか帰りたい、って願う曲、かな」
「……そうか」
しん、と沈黙が落ちる。
見つめ合った瞳が、逸らされることはなく。
「……この世界の故郷は、ラピスラズリ邸だって思っても良いかな。私は、いつもここに帰ってきて、“ただいま”って言いたい」
「勿論だ。兄上や義姉上も、喜ぶ」
そうだと良いな。
ふふっと微笑めば、レオンも目を細めてくれた。
「ルリ」
すると、少しだけ上体を起こしたレオンの手がそっと伸びてきて、私の頬を撫でた。
「俺にも、ここに帰って来た時は、“おかえり”と言ってくれるか?お前が待っていると思えば、どんな所からだって帰って来れる。だから」
月明かりで煌めくレオンの瞳は、とても真剣な光を帯びていた。
「うん、分かった。だから、いつも無事で帰って来てね」
私の言葉に、レオンはこくりと頷きを返してくれた。
今回レオンは留守番だけど、これからきっとたくさん見送る時がくる。
その度に、こうやって約束をするのだろう。
そして、ただいま、おかえりって笑い合えたら良いな。
頬を撫でていた手が、さらりと私の髪を耳に掛けた。
「あの耳飾り、似合っていたな。しかし、なかなかお目にかかれないのは想定外だった。今度は、普段使いができるものを選ぼう」
「え、そんな。悪いよ……」
「俺があげたいんだ」
そしてそのまま、手が口元へと移動した。
あ、キスされると思ったところで、隣で安らかな寝息をたてているリーナちゃんの存在を思い出す。
「だ、だめだよ。ここじゃ……」
近付いてきた唇を咄嗟に手で覆うと、ふっと息がかかって、レオンの目が挑発的に細められた。
「ならば、ここでなければ良いのか?」
レオンはちゅっと私の指に口付けると、俺の部屋に行くか?と聞いてきた。
こ、この状況でそれを聞くのってずるい……。
「……レオン、意地悪だ」
くすっと笑ったレオンは、私の手を放すと、リーナちゃんを起こさないようにそっと寝台から抜け出した。
「今日は、止めてあげられないかもしれない。怖いなら、今のうちに部屋に戻ってくれ」
どうする?と優しい表情で私の答えを待ってくれる。
『心が決まったならば、貴女からも言葉や態度で示すと良いですよ。恥ずかしいかもしれませんが、あいつは喜ぶはずです』
脳裏に、ウィルさんの言葉が蘇る。
心が決まっているかどうかなんて、そんなの、答えはもう出ている。
「……ううん、行く。私も、レオンに触れたい」
きゅっと手を握ってそう応えれば、レオンは微笑み、手を握り返してくれた。
その温かさに、私は顔を上げて微笑み返した。




