ダンス
「すごい……!」
「ええ。紅緒ちゃん、もうすっかりいつも通りですね」
それぞれの得意な曲を流してくれるとは聞いていたが、得意だからと言って本番でも上手く踊れる訳ではない。
でも、紅緒ちゃんの少し短めのドレスの裾から見える足は、複雑なステップを綺麗に踏んでいて、緊張なんて微塵も感じさせない。
陛下と踊るのは初めてのはずなのに、息もピッタリだ。
「でも、パートナーと言うより、勝負してるみたいですわねぇ」
「……確かに」
陛下はそうでもないが、紅緒ちゃんの表情はかなり険しい。
多分、始まる前に囁いていた言葉が原因なんだろう。
それでもステップが乱れることなく踊っているのだから、相性は良いのかもしれないけど。
「この後に踊るの、嫌ですわぁ」
黄華さんがそう言って眉根を寄せる程には、すごく上手だと思う。
そして準備をと、黄華さんが呼ばれて行ってしまった。
あんなこと言ってたけど、黄華さんって本番に強いタイプだと思うんだよね。
ジャンケンだって一発一人勝ちだったし。
それにそんなこと言ったら最後に踊る私はどうなるのよ……。
はぁ、とため息をついてふとお客様の方を見ると、エドワードさんとエレオノーラさんと目が合った。
そっか、ふたりも参加するって言ってたもんね。
ふたりともぱあっと顔を輝かせ、手を振ってくれた。
エドワードさんがガッツポーズみたいな振りをして、「がんばれ」って口パクで言ってる。
あー完全に娘の晴れ舞台を楽しみにしているパパみたいな目してるよ。
エレオノーラさんも楽しんでるよね、絶対。
「まるで父親と母親みたいですね、ラピスラズリ家のおふたりは」
「やっぱりアルもそう思う?」
ええ、とアルが苦笑いする。
そうだよねとちょっぴり脱力すると、ふたりの側にクレアさんの姿も見えた。
紅緒ちゃんが踊っているのを、嬉しそうに見つめている。
そっか、教え子の初舞台?だもんね。
正直、レッスンはかなりのスパルタだったけど、あんな優しい目で見守ってくれているなんて、ちょっと感動。
あれだけ熱心に教えてくれたのだ、私達もそれに応えなくては。
そう思って紅緒ちゃんの方を見ると、最後の旋律が流れ、綺麗にポーズを取って終わった。
大きな拍手に包まれて、ふたりが礼をとる。
その姿に、私も負けないくらいの拍手を贈った。
クレアさんも満足そうに手を叩いている。
うん、私も頑張ろう。
入れ替わるようにして黄華さんが陛下に近付き、紅緒ちゃんがこちらに向かって来た。
すれ違いざま、黄華さんが紅緒ちゃんの肩を叩いて微笑んだのが分かった。
うわ、黄華さん余裕ある……。
一方の紅緒ちゃんは、どことなく釈然としない様子で戻って来た。
「お疲れ様。すっごく良かった」
「ありがと。……まあ、半分くらいはあいつのおかげっていうのがムカつくけど」
あいつとは、恐らく陛下のことだろう。
「始まる前に挑発されて、緊張吹っ飛んだ。それに、本当にムカつくけど、あいつリード上手だわ」
おお、それは意外だ。
そういえば机仕事も真面目にやっているし、意外とちゃんとしているもんね。
きちんと王族としての嗜みを身に着けているということなのだろう。
二十歳そこそこの陛下が王様業務をしっかりやっているというのは、それだけ努力を重ねたということだと思う。
失礼だけど、見た目はそんな感じじゃないのに……。
黄華さんとのダンスも始まり、先程とは全く違う曲調のダンスもそつなくこなしている。
それぞれの得意な曲で踊るってことは、全然違うタイプに合わせないといけないってことだもんね。
難しいことをさらりとやっているのって、本当にすごい。
「さて、若者達が頑張ってるんだから、私も緊張とか言ってないで頑張ってくるね!」
「あ、うん。頑張ってね!」
そう紅緒ちゃんに意気込んで、アルと一緒に待機場所へ向かう。
大丈夫、エドワードさんやエレオノーラさん、クレアさんも見てくれている。
それにきっとレオンもどこかで。
黄華さんもさすがの優雅な動きで、クライマックスに向けて華やかに舞っている。
楽しんで踊れば良い、ってルイスさんも言ってたっけ。
「良い表情になりましたね。大丈夫ですよ、楽しんできて下さい。何ならラピスラズリ団長だと思って踊れば良いんです」
アルの言葉に、ぷはっと吹き出す。
「アルも大概失礼だよね?良いの?王様相手にそんなこと言って」
秘密ですよと人差し指を立てて、しーっとされた。
きっと、緊張を解こうとしてくれているのだろう。
「秘密ね?うん、頑張ってくる!」
耳飾りと指輪にそっと触れて、前を向く。
曲が終わり、綺麗に礼をとる黄華さんがこちらを向いたのを合図に、私はアルに背中を押されて陛下の元へと向かった。
「もっとガチガチかと思ったが、意外とリラックスしているな?」
「陛下がとてもお上手なのを見て、安心したんです。紅緒ちゃんや黄華さんとも、とっても素敵に踊っていましたね」
ふん、と素っ気なく顔を逸らされたが、その耳がちょっと赤い。
照れてるのかな?と思うと、なんだか可愛らしく思えてきた。
お礼をしてホールドを組むと、曲が流れてステップを踏み始める。
わ……本当、上手だ。
前のふたりとはまた違った曲調なのに、しっかり曲に合わせてリードしてくれている。
「すごく踊りやすいです!意外でした」
「お前……。いや、今更だな」
あ、また失礼発言でした。
でもこれならちょっと話す余裕すらある。
「陛下って、努力家さんだったんですね」
「は……?突然なんだ」
にこりと話しかければ、陛下は怪訝な顔をした。
「魔物討伐にも率先して出ているのに、書類仕事もちゃんとやってらっしゃいますし、興味なさそうなダンスまでお上手なんですもん。それって、小さい頃から随分努力していたからですよね?」
「別に……。王族なら当然のことだろう」
そうやって言うけど、その“当然”を当たり前のようにやるのは大変なことだ。
周りだって、できて当たり前という目で見るだろうし、その中でしっかり身に着けていくには強い心が必要になる。
「良い王様がいて、この国の人達は幸せですね」
くすくすと笑えば、陛下の顔が染まる。
「お前は……!良いからダンスに集中しろ!」
照れ屋さんなのも魅力の一つだなと笑う。
こうして話していると、やっぱり紅緒ちゃんへの態度には理由がある気がする。
陛下は、理由もなしに傷付けるようなことをする人ではないはずだ。
そうこうしているうちに曲が終盤へと差し掛かる。
陛下のリードで難しいステップも難なくこなせ、見せ場も綺麗に決まった。
そして、最後のポーズまでしっかり踊り切ることができた。
挨拶のお礼をして顔を上げると、陛下の目をしっかり見て告げる。
「ちゃんと、紅緒ちゃんと話して下さい。言葉にしないと伝わらないことはたくさんあるんですよ?それに、後悔はしたくないでしょう?」
目を見開く陛下を見ていると、まるで姉になったような気持ちになる。
言葉が足りなかったばかりに、ふたりに後悔はしてほしくない。
ありがとうございましたとお礼を告げて、私は紅緒ちゃんや黄華さんの待つ所へと足を踏み出した。




