ファンファーレ
「ご歓談中失礼致します。そろそろお客様方の入場の時間です」
サラさんの控えめな呼びかけで、はっと我に返る。
いけないいけない、みんなの前だった。
ぷるぷると首を緩く振れば良い笑顔の黄華さんと目が合った。
……けど、絶対からかわれる予感しかしないので、気付かないふりをする。
「では、私達はこれで失礼しますね。会場で皆様のお姿を見られることを、楽しみにしています」
クレアさんはソファから立ち上がると、優雅に一礼して扉へと向かった。
「ルリ」
お見送りをと私も立ち上がると、不意に名前を呼ばれる。
その声のした方を振り向くと、少し屈んだレオンが耳元に顔を寄せてきた。
「耳飾り、使ってくれて嬉しい。今日は一段と綺麗だ」
そして甘い微笑みを残すと、ウィルさんやルイスさんと一緒に、クレアさんの後を追って行ってしまった。
「………………!?な、っっ!?」
しばらく呆然としていたが、我に返ると恥ずかしさが込み上げてきて、ずるりと腰が抜けてしまった。
耳弱いって知ってるくせに……!
絶対わざとだ!
「相変わらずですわねぇ」
「本当、こっちが恥ずかしくなっちゃうわ。瑠璃さん、大丈夫?」
へたり込んでぷるぷる震える私に、黄華さんと紅緒ちゃんが呆れたような表情で手を貸してくれたのだった。
サラさんが淹れ直してくれたお茶を飲んでようやく落ち着いた頃、お客様の入場がそろそろ終わるので準備を、と呼ばれた。
ついに始まる。
やっと顔の赤みが取れたのに、また緊張してきちゃったかも。
でも紅緒ちゃんと黄華さんも一緒だし、心強い。
きゅっと耳元の飾りを握る。
レオンもどこかで見てくれているはずだし、頑張らないと。
震えそうになる足にぎゅっと力を込めて立ち上がり、私達は入場の控えの間へと移動した。
それほど歩くことなく到着すると、そこにはもうカイン陛下やヴァイオレットちゃん、アーサー君がいた。
「か、かわいい………!!」
まず口に出たのがこれ。
だってお子様ふたりが可愛すぎる。
瞳と同じすみれ色のドレスに身を包み、髪も綺麗に巻かれたヴァイオレットちゃんは、まさに王女様(本当は王妹だけど)!って感じだし、アーサー君も黒いスーツを着て、髪をオシャレにセットしていてかっこかわいい。
緊張が一瞬で吹き飛んだよ。
恐るべし、ちびっこの癒やしの術。
にまにましながら近寄ると、ヴァイオレットちゃんにちょっぴり引かれた気がするけど、気にしない。
「ふたりとも、かっわいいね!すっごく似合ってる」
「あ、ありがとうございます……」
「ルリ、貴女……いえ、何でもないわ。ありがとう」
かわいいかわいいと連呼する私に、やっぱり若干呆れた顔をしている。
可愛いのだから仕方ない。
可愛いは正義だ。
「えーっと。ルリ様、陛下へのご挨拶を……」
サラさんの声にはっとする。
あ、そうだ。
まずは国王である陛下に挨拶するのが先だったんじゃ?
それに気付いて慌てて陛下の方を見ると、陛下はくっくっと笑っていた。
「いや、良い。流石だな」
何が!?
なおも笑いの止まらない陛下に、すみませんね!と言うと、サラさんが微妙な顔をしていた。
あ、しまった。
侍女さんの前で、かなり無礼なことしてる、私。
いけないいけない。
こほんと一つ咳払いをすると、クレアさん直伝のカーテシーでの挨拶をする。
「本日は、よろしくお願い致します」
そう言って顔を上げれば、満足したような顔の陛下と目が合う。
「ああ。付き合わせて悪いが、三人共頼む」
そう返してくれた陛下も、よく見るととても格好良い。
普段と変わらない黒い装いをしているが、所々に金色の刺繍が入っていたり、マントもいつも以上に豪奢だ。
「陛下もとても素敵ですね」
そんな姿もとても似合っていてそう告げたのに、今更遅いだろうと吐き捨てられた。
そりゃそうだ、しばらく無視だったもんね。
「ごめんなさい、妹さんと弟さんがあまりに可愛くて」
「素直すぎるだろ」
謝ったのにすぐに突っ込まれた。
そんな私達のやりとりを、呆気にとられて眺めているサラさんや陛下付きの侍従さん。
よく見るとヴァイオレットちゃんやアーサー君も目を見開いている。
護衛騎士のみんなは、あーあーといった表情だ。
うっ、アルのため息が聞こえる気がする。
「まあまあ、そのあたりにしておきましょう?陛下、今日はよろしくお願い致します」
仕方ないとばかりに黄華さんが場を収めてくれた。
ごめんなさい、フォローありがとうございます。
そして紅緒ちゃんだが……。
「……よろしくお願い致します」
「……ああ」
綺麗に礼をとった挨拶だったが、素っ気なく返されていた。
ちゃんと返事はしているけど……うーん、これは確かに傷付く。
微妙な空気になった時、王族の入場を伝えるファンファーレが鳴り響く。
「先に俺たちが出る。侍従の合図でお前達も入場してくれ。聞いていると思うが、エスコートはそこの護衛騎士達だ」
そう言うと、ひらりとマントを翻して陛下は会場へと向かって行った。
その後に続こうとするヴァイオレットちゃん、その肩が微かに震えているのに気付いて、はっと声を掛ける。
「ヴァイオレット殿下、先程のハーブティー、ありがとうございました。優しい味がして、嬉しかったです。それと、今日はとても綺麗なので、胸を張っていて下さいね」
ヴァイオレットちゃんは、私の言葉に一瞬目を見開くと、きゅっと表情を引き締め、にこりと笑った。
「ええ、大丈夫。貴女も、お兄様とのダンスで転ばないでよ」
うーん、それはちょっと微妙に約束できないかも。
苦笑いを返すと、ヴァイオレットちゃんはしっかりと前を見て足を踏み出した。
続くアーサー君にも声を掛ける。
「ポーションの研究、頑張っているんですね。きっと、噂を聞いたお客様達も、ふたりの姿を楽しみにしてますよ」
頑張ってと背中を軽く押すと、アーサー君も顔を上げてくれた。
堂々と歩いていくふたりを見送ると、図々しいけれど、何だか誇らしい気持ちになる。
「さて、殿下方にあんなことを言ったんですから、貴女が失敗する訳にはいきませんよ?」
「うっ……分かってるわよ!意地悪ね」
くすくすと笑うアルの手を取る。
そりゃお子様だけに頑張らせるつもりはないわよ。
クレアさんやレオンも見てくれているんだもの、ちゃんと練習の成果は見せないとね。
そっともう一度耳飾りに振れる。
――――うん、大丈夫。
聖女の入場を告げる声がかかると、侍従さんから合図をもらい、私達は会場へと足を踏み出した。




