仕度
そしてお披露目会当日。
紅緒ちゃんと黄華さん、そして私は朝早くから呼び出されてお披露目する夜会の仕度に取りかかった。
すごいよね、夜会が始まるのは夕方なのに。
化粧して髪を整えて、ドレスに着替えて……って、リーナちゃんの誕生パーティーの時も大変だったわぁと思っていたら、今回はそれよりさらに色々やることがあるんだって。
『仕方ありませんわ。今日の主役は聖女様方ですもの』
と侍女さんたちが嬉しそうに言っていた。
普段、私達三人共あまり着飾ることはない。
この世界に合わせた服は着ているが、基本的に動きやすいものを選んでいるのでかなりシンプルな装いだ。
化粧も少しだけだし、髪型もそんな凝ったことはしていない。
陛下に会うときだって、普通は正装とか色々あるのだろうが、あの性格なので気にしなくて良いと言われている。
つまり、今日はいつもさせてもらえない身支度が出来ると思ったのだろう。
『いつもやり甲斐がないなと思っていたんですよね』
『ああ、今日は腕がなりますわ!』
『誰が一番輝かせられるか勝負ですわね!!』
侍女さん達の目がコワイと思ったのは私だけではなかったようで、紅緒ちゃんと黄華さんも後ずさりしていた。
一度、ヴァイオレットちゃんにそういうものなの?と聞いたのだが、何言ってるの?という顔をされた。
『夜に向けて朝から磨き上げるなんて常識ですわよ。普段そんな素っ気ない装いをしているのですから、夜会の時くらい磨かれて下さいませ』
うーん、さすが王妹殿下、慣れていらっしゃる。
「さあ、それではルリ様、お仕度を始めましょう」
にっこりと三人の侍女さんが並ぶ。
ものすごくにこにこしていて、楽しそうだ。
「お、お手柔らかに……」
嫌な予感しかしないけれど、ええいままよ!という気持ちで侍女さん達について行くのであった。
「す、すごかった……」
ぐったりと椅子に座り込む私を見て、リーダーらしき侍女さんがまあまあと声を上げる。
「あれしきで音を上げられては困ります!ルリ様は慣れていないということでしたので、かなり短縮したのですよ?本当はあと一時間ほど磨き上げたかったのですから!」
いやいや、体の隅々まで洗われて、香油とかなんとか色々塗り込まれて、マッサージもされて、そりゃ高級エステみたいで良い気分にはなったけど、そういうのに慣れてない庶民にはかなり体力も使う訳で……。
「さっ!次はお顔のマッサージいきますよ」
ま、まだあったーー!!?
「では軽く軽食をどうぞ。あ、ちなみにハーブティーはなんとヴァイオレット殿下のお手製のものですよ。きっとお疲れだろうからって、先程ご用意しに来て下さいましたの!」
ヴ、ヴァイオレットちゃん天使か!!
しかもこれって魔力も込められてる?
侍女さん達には申し訳ないけど、疲れた体に沁み渡るわぁ……。
下準備だけで午前中丸々かかるなんて思わなかったからさ。
ありがたい気持ちで軽食とハーブティーを口にしていると、リーダーの侍女さん(サラさんというらしい)がにこにことこちらを見つめているのに気付いた。
「まさかあの王妹殿下がそんなことをなさるなんて。ルリ様が心を解したとの噂は本当だったみたいですね」
「え?いえ、元々ヴァイオレットちゃ……殿下は、とても優しい方でしたよ?」
「そう言えてしまうところが、ルリ様のすごいところなのでしょうね」
ふふっとサラさんは笑う。
どうやらヴァイオレットちゃんはずっと気を張って王宮で過ごして来たらしい。
あまり他人に心を開くことはなく、唯一穏やかな顔になるのが、陛下の前でだけだったようだ。
「ずっと難しいお方だと思っていましたが、そうではないのだと、私達も気付かされました。まさか、あんな可愛らしい顔をされるとは……」
『ち、違うのよ。たまたま時間が空いたから、それくらい良いかなと思っただけで。ほ、ほらお茶を淹れるのなんてそんなに時間もかからないし!』
うーん、どうやらあのツンデレを披露してくれたみたい。
可愛らしかったですわ……とサラさんも思い出し笑いしている。
でも、自分の準備もあるだろうにこうしてわざわざ淹れに来てくれたなんて、後からちゃんとお礼を言わなくちゃ。
「さて、ではそろそろお化粧と、髪結いに移りますわよ。ルリ様、化粧台の前までお願い致します」
「は、はーい……」
……とりあえず、このお仕度フルコースに堪えてから、ね。
時間をかけて丹念に行われたフェイシャルマッサージの後だと、ものすごく化粧ノリが違うんだなと実感。
以前の誕生パーティーの時も別人だと思ったけれど、今回も感動レベルである。
さすが王宮の凄腕侍女さん達だ。
化粧っ気のない私でさえこれだけの出来にしてくれるのだから、プロってすごい。
だけどひとつ意外なのが、夜会ならきっと前回よりもキラキラと飾り付けられちゃうんだろうなぁと思っていたのだが、結構シンプルな装いであること。
自分で言うのもなんだけど、いかにも"聖女様"って感じだ。
ありがたいことに露出も控え目だし、色も白を基調として所々に青系の差し色が入っている。
お値段は……言わずもがなだろう。
「では、仕上げにアクセサリーを付けていきますね。イヤリングは確かご持参頂いているかと……」
「あ、はい。これです。お願いします」
そう、前回も身に着けた、レオンからのプレゼントだ。
どこから噂を聞きつけたのか、衣装の打ち合わせのときにあの時のイヤリングを是非!と言われていたのだ。
なかなか陽の目を浴びることがないので、嬉しいと言えば嬉しいのだけれど。
それにやっぱり緊張するから、レオンがついていてくれている気がして、お守りになる。
今日も、少しだけなら話せるかな?
また、綺麗だなって、言ってくれるかな?
レオンのことを考えると、自然と頬が緩むのが自分でも分かる。
「サラ様、見て下さい」
「あら、ルリ様ったら良い表情されていますわね。ふふ、そっとしておきましょう」
侍女さん達にそんなことを言われているなんて露知らず、私はこうして仕度を終えたのだった。




