動揺
ところで、と私からもずっと聞いてみたかったことを尋ねる。
「黄華さんのこと、どう思っているんですか?からかっているだけなら、やめて下さいね」
何しろ本気度は不明だが、他にも三人の男性がアプローチしている。
黄華さんは自分の恋愛には慎重だ、あまり惑わせてほしくない。
「おや、相変わらずお節介ですね。でもまあ貴女の気持ちも分かるので、これだけは言っておきましょう。不誠実なことは誓っていたしません。それと、エリーの言っていたことが少し分かり始めてきたのです」
エリーさんの言っていたこと?
その意味が分からなくて首を傾げると、再び笑われる。
「ですからね、レオンにあまり我慢させてはいけませんよ?男という生き物の性なのですから。経験がないから怖いというのは分かりますが、あいつなら優しくしてくれますよ」
「へっ!?」
突然の話題の転換とその内容に、思わず変な声が出てしまった。
動揺から足ももつれてしまったが、そこはウィルさんがカバーしてくれて倒れずに済んだ。
「はい、そこまで。ではまたペアを変えましょう」
その時上がったクレアさんの言葉で、ウィルさんがすっと離れる。
「心が決まったならば、貴女からも言葉や態度で示すと良いですよ。恥ずかしいかもしれませんが、あいつは喜ぶはずです」
そう言うとウィルさんは、ではといい笑顔で紅緒ちゃんの方へと向かって行った。
しばらく忘れていたことを思い出させられてしまって、頭がぐるぐるする。
「ルリさんよろしく……って、どうしたんですか?」
「ル、ルイスさん。や、何でもないの……」
赤くなっているだろう顔を手で覆って、私は必死にそう答えるのであった。
気を取り直して踊ってみれば、ルイスさんもリードがとても上手で、さすがクレアさんの弟さんだなと感心した。
これまたレオンやウィルさんとは違ったリードの仕方だったが、楽しく踊れるように言葉をかけてくれて、リラックスして踊ることができた。
誰の足も踏まなかったし、なかなか良かったのではないだろうか。
曲が終わり、最後のお相手と踊り終えたことで、私は油断していた。
「はい、では“楽しんで踊る”という本来のダンスの目的は体験できたみたいですね。お三方とも、とても良い表情でした。さて、ではここからは“魅せる”ためのレッスンですよ」
……え?
「それでは最初のペアに戻って、細かく指導させて頂きますね?」
にっこりと綺麗な笑みが、ここからが本番だと告げていた。
たらりと頬を汗が流れたのは、気のせいではなかったと思う。
そしてその後、私達はステップ、姿勢、息の合わせ方、そして魅せ方をみっちりと教え込まれたのだった。
「っ、背中も腕も痛い……足なんて棒のようだわ……」
「せんせい、だいじょうぶ?」
「アメジスト先生も手加減なしですね」
ダンスレッスンが終わり、ラピスラズリ邸に戻って来た私は、自室のソファで倒れていた。
フラフラになって帰って来た私を心配して、リーナちゃんとレイ君が覗き込んでいる。
うん、本当に手加減なんてなかった。
とにかく細かく指導が入って、一瞬の油断も許してくれない。
向かい合って踊るのが恥ずかしいとか、そんな気持ちは飛んでいってしまった。
「まあおかげでかなりコツはつかんだ気がするけど……」
「るりせんせいすごい!わたしもならいはじめたけど、だんすってすごくむずかしいもん」
「僕も嗜みとして習っていますし、パーティーなどで見る機会も多いですが、やはりどれだけ踊れるのか注目されますからね。聖女様となると、それだけで期待も大きくなるでしょうから、アメジスト先生に頼んで正解だと思いますよ」
うっ、レイ君の発言は耳に痛い。
そうなのよね、絶対に注目は浴びる。
しかも相手は多分だけど陛下。
注目するなっていうのは無理な話だし、しかも三人同時ではなく、一人ずつ踊る可能性もある。
ものすごく上手である必要はないだろうけれど、ある程度は、ねえ?
今日相手役を務めてくれた三人はとてもリードが上手かったけれど、そうじゃない人もいるしね。
そういえば陛下はダンス、どうなんだろう?
あまり興味なさそうだけど、イメージではさらりとこなしそう。
……紅緒ちゃんと、どうなってるのかな。
今日はルイスさんのおかげで前半楽しそうだったし、後半は悩む暇もなかったから落ち込んでいる様子はなかったけど……。
「せんせい?どうしたの?」
急に黙った私を不思議に思ったのだろう、リーナちゃんがこてんと首を傾げた。
うん、相変わらずかわいい。
「えっとね、知り合いの話なんだけど、今まで仲良くしてくれていた人が、急に素っ気なくなっちゃって、どうしてかなぁって悩んでるの。私も色々考えてるんだけど、分からないのよね」
「……何か嫌われるようなことをしたのでしょうか?」
「うーん、そういう訳でもないみたいなのよね」
きっかけが分からないというのだから、お手上げだ。
子ども同士のケンカだって必ず理由があるから、きっかけがあるはずなんだけど……。
「だれかに、なにかいわれた、とか?」
三人でうーんと考えていると、ぽつりとリーナちゃんが零した。
「あのね、わたしもおちゃかいでいわれたことがあって……。あのこはほんとうはいじわるなんだよ、とか」
ああ〜〜、確かにそういうことあるよね。
特に女子の世界では……。
「そんなことないよって、そのときはいったけど、やっぱりちょっともやもやしちゃったり……」
うんうん、あるある。
よーくある。
特にリーナちゃんなんて高位貴族の令嬢だもんね、自分を売り込むために仲の良い友達の悪口を言ったりとかもあるのかもなぁ。
悲しい話だけれど、貴族社会って厳しいもの。
でも、陛下が誰かに何か言われたっていうのは、あり得る話かも……。
「リーナちゃん、ありがとう。リーナちゃんやレイ君は、そんな噂話に惑わされないで、自分の目で見て判断できる子になってね」
「!うん!」
「勿論です」
その良い返事が嬉しくて、思いっきりふたりの頭を撫で回すと、ふたりもキャッキャと笑ってくれたのだった。




