大切にする
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「……あっちは楽しそうね」
「……そうですね」
全く、あのふたつのペアは今がレッスン中だということを忘れていないだろうか。
そんなことを思いながら、紅緒は呆れた眼差しを送っていた。
しかし、恋人同士の瑠璃達と、そういう関係ではないものの互いに気になる存在であろう黄華達。
黄華風に言うなら、ピンク色のオーラが出ていそうだ。
「何かすみません、俺なんかが相手で」
意識せずともため息をついていた紅緒に、ルイスは苦笑する。
「あ、いや別にルイスさんが嫌とかそういう訳じゃなくて!ただちょっと嫌なこと思い出しちゃっただけで……」
しまったと思い言い訳するが、ルイスは気を悪くした様子もなく微笑む。
「そうなんですね。まあ、俺なんかじゃ役者不足かもしれませんけど、気楽に楽しんでやりましょう?元々ダンスなんて楽しむためのものなんだし。俺、意外にも結構上手いんですよ?」
にぱっと人好きのする笑顔でそう言われて、紅緒も少しだけ心が軽くなった気がした。
実際、音楽が鳴りステップを踏み始めると、ルイスのリードはとても軽やかで、踊りやすい。
「びっくりした!本当に上手なのね」
でしょ?と笑う顔も嫌味がなくて気持ちが良い。
それからも何でもない会話を楽しみながら踊ったが、始める頃の鬱々とした気持ちは少しだけ晴れていた。
「ね、本当は瑠璃さんと踊りたかったんでしょ?」
「えっ!?いや、まあ、そんなこともある……けど。でもルリさん、団長と踊れて嬉しそうだしさ。後で一曲くらい踊れたらそれで良いかなって」
本当に人が良い。
優しい目をして瑠璃達を見つめるルイスを見て、紅緒も穏やかな気持ちになる。
「ルイスさんみたいな人を好きになれば良かったのにな」
「え?何か言いました?」
ぽつりと零れた言葉に、紅緒は何でもないと首を振った。
「ルイスさんのおかげで、ちょっとだけダンスが好きになったわ」
「そうですか?それなら良かったです!呼ばれた甲斐があったってものです」
どこまでも人の良いルイスに、紅緒も自然と笑顔になるのだった。
「ベニオ様とルイス=アメジストは、意外と良い感じですね」
「……そうだな、久しぶりに楽しそうだ」
久しぶりに、の理由を知っているアルフレッドとしては、アルバートに色々と聞きたいものだが、カイン陛下に忠誠を誓っているこの男がおいそれと口を割ることはないだろう。
分かりにくいが、どこか優しい眼差しで紅緒を見ていることから、恐らく彼もまた心配している一人なのかもしれないと推測する。
「もしやとは思いますが、今更怖気付いたわけではないでしょうね?」
「……誰のことを言っている」
さて、独り言ですよとアルフレッドは笑う。
「召喚した責任と言うのなら、きっちりと護るべきだと私は思いますがね。そういう意味では、ラピスラズリ団長は安心して見ていられます」
はにかみながら踊る瑠璃達を見つめるアルフレッドの眼差しもまた、慈しみの情に溢れている。
「独り言ですよ。お気になさらず」
ちらりとアルバートを見て、アルフレッドは瑠璃達の方へと向かって行った。
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はじめこそ緊張していたが、慣れてくると楽しくなってきた。
予想はしていたが、レオンはとても上手でリードも優しく、踊りやすい。
こんな近距離で優しくリードされながら踊ったら、惚れない女性なんていないんじゃないだろうか。
今まで夜会などで綺麗な人達と踊ってきたんだろうなと考えるとちょっぴり胸が痛むが、過去のことを言っても仕方ない。
「考え事か?随分と余裕が出てきたじゃないか」
過去がどうであれ、今こうして温かい目で見つめてくれるのは、私に対してだけだと信じたい。
「うん。レオンが上手にリードしてくれるから、楽しくなってきたよ」
「――――そうか。それは良かった」
今回レオンと踊る機会はないだろうなと思っていたから、ちょっぴりウィルさんには感謝だな。
練習とは言え、初めてのダンスをレオンと踊れたのだから。
「はい、よろしいですよ。皆様随分と楽しそうでしたわね」
クレアさんの手を叩く音で、ゆるりとダンスを止める。
うん、足を踏むこともなかったし、まあまあだったんじゃないかな?
紅緒ちゃんや黄華さんを見ると、ふたりとも緊張の解けた表情をしている。
楽しく踊れたってことかな?
なんだかんだでルイスさんは気遣い屋さんだし、ウィルさんも優しくリードしてくれそうだから、上手くいったんじゃないかな。
「ではお相手を変えてみましょうか。リラックスしつつも、姿勢には気をつけて下さいね。今日のお相手は皆長身ですからね、顔をしっかり見れば、自然と良い姿勢になるはずですよ」
クレアさんからアドバイスをもらってペアをチェンジする。
私の相手はウィルさんだ。
レオンは紅緒ちゃんの元へ、そしてルイスさんは黄華さんとホールドを組む。
「よろしくお願いします」
にこやかに挨拶され、ウィルさんに手を取られる。
うーん、やっぱりこうして毒舌が鳴りを潜めると、ウィルさんてば優しくて色気のあるお兄さんだ。
手の取り方もすごく紳士的だし、こうやって夜会などではお嬢様方の心を撃ち抜いてきたのだろう。
「ウィルさんて、モテそうですよね」
初対面から持っていた印象をずばり伝えてみると、急に何ですかと笑われた。
「まあ、女性に囲まれるかどうかと聞かれたら、否定はしません。ですが、不誠実な行いはしていませんよ」
音楽が流れ、ステップを踏み始める。
思った通り、流れるようなリードはとても踊りやすい。
少しだけ強引さもあるが、それがまた女性たちの心を捉えそうだ。
黄華さんは果たしてどう思ったのだろうか?
「レオンの時とは違って余裕そうですね」
そんなことを考えていると、くすくすと頭上から笑いが落ちて来た。
「あ、えっと、ちょっと慣れてきたからですかね?」
ドキドキはしませんからね、とは言い辛いので、当たり障りのない返事をする。
それがまたなぜか面白かったらしく、ははっと笑われた。
「貴女は良いですね。そうやって、レオンを大切にしてやって下さい」
よく分からないけれど、ウィルさんは嬉しそうだ。
「それは勿論です。大切にしてもらっているので、私もそうでありたいなと思っていますから」
そう心からの言葉を伝えると、ウィルさんはさらに笑みを深めた。




