ダンスレッスン
ウィルさんの口車に乗せられ、練習のお相手役のことをクレアさんに伝えてみると、あっさりと賛成された。
よく考えてみれば、ふたりはルイスさんの上司だもんね。
断るなんてこと、普通なかなか出来ない。
……まさかそれを見越して?
ウィルさん、恐るべし……。
そんなことを考えていると、クレアさんがやって来た。
そう、今日はそのお相手ありでの初めてのダンスレッスンの日。
私達三人も、簡単ではあるがちゃんとドレスに着替えて来た。
こうやって形も整えると、背筋がぴんとするよね。
「さあ、ではお相手役の方々がいらっしゃる前に、おさらいをしておきましょう。今日はミスをすれば足を踏んでしまう相手がいるのですからね。気を張って頂きますよ」
「「「は、は〜い」」」
「……返事からやりましょうか?」
「「「いえっ!はい!!大丈夫です!」」」
足、絶対踏む。
私達三人共がそう思ってしまい、覇気のない返事をすると、クレアさんから黒い空気が流れた。
危ない危ない、レオンたちが来る前に体力が尽きるところだったわ。
間一髪でクレアさんのお叱りを逃れた私達は、そうしてひとりずつ姿勢やステップを確認していく。
ひとりでだとまあまあ上手く踊れるようになったと思う。
でも実際にレオンと組んで踊るとなると、絶対練習通りになんていかない。
ほら、よく漫画とかでもあるじゃない?
思った以上に近いとか、覚えたはずのステップが全部分からなくなったとか。
絶対そうなる。
そう考えると、レオンと練習できるのは良かったのかもね。
練習でドキドキに慣れておけば、陛下と踊る時も少しは戸惑いが少なくなるかもしれないし。
ここはポジティブに考えようと思っていると、練習室の扉が開かれる。
「お待たせいたしました」
ウィルさんだ。
うしろからレオンの姿も見える。
「!何でアクアマリン副団長が!?」
その姿を見て、リオ君が声を上げる。
そうだった、リオ君はレオンとウィルさんのことを知らないんだった。
紅緒ちゃんと黄華さんには伝えたけど、『リオに言うと面倒くさいことになるから……』と黙っていることにしたのだ。
「おや、リオは知らなかったのか?練習相手にどうかという話になってね。他ならぬ聖女様達のお役に立てるなら、協力する他ないだろう?それに、我々の体格は陛下に似ているからな。練習相手としては丁度良いだろう」
うわー白々しい。
でも、嘘は言っていないのだから言葉巧みというか、何というか……。
しかも、さり気なく小柄なリオ君より長身の彼らの方が練習相手として適している、と伝えている。
そんな良い笑顔でもっともらしくそんなこと言うなんて、ウィルさんも本当に良い性格をしている。
ぐぬぬとプルプルしているリオ君には疑う余地もない。
事情を知っている紅緒ちゃんと黄華さんも、本当はウィルさんから持ちかけた話だと言えば揉めるのが目に見えているので、黙っている。
……うわぁという顔はしているけれど。
そして同じくアルも何とも言えない顔をしている。
アルバートさんは興味がないのか黙って見ている。
ちなみにクレアさんはにこにこしているだけだ。
多分だけど、色々察しているのではないだろうか。
あれ?そういえば。
「レオンとウィルさんだけですか?もうひとりは……」
「すみません、遅れました!」
もうひとりにも声をかけておく、とウィルさんが言っていたのになと思って聞こうとすると、勢いよく扉が開かれた。
はあはあと息を切らして現れたのは、何とルイスさんだ。
ひょっとして三人目って……。
「遅いわよルイス。聖女様方を待たせるなんていい身分ね?」
「副団長が急に言うからですよ!久々にまともに訓練していると思ったら……って先輩達にもみくちゃにされてたんです!!」
やっぱりルイスさんが三人目らしい。
確かに彼も長身で私達と面識があるし、何よりクレアさんの弟ということで練習相手としてはやりやすい。
でも確かに急に言われたら戸惑うだろう。
「えっと、ごめんね。急に練習相手になってほしいって言われても困るよね」
「いや!ルリさん達の相手ができるのは嬉しいというか光栄っていうか……」
乱れた髪を手ぐしで整えながら、ルイスさんがそう言って否定してくれる。
訓練中だったと言うし、迷惑だろうに優しいなぁ。
「その愚弟には別に気を遣わなくて結構ですのよ?さて、じゃあ始めましょう」
そんなクレアさんの声で、練習が再開される。
相変わらずルイスさんには厳しい。
組み合わせはやはりと言うか、とりあえず私とレオン、黄華さんとウィルさん、紅緒ちゃんとルイスさんになった。
まずはこのペアでしばらくやっていき、慣れてきたらペアチェンジもするらしい。
「ではまず、ペア同士で挨拶、ホールドを組んでみましょう」
ちょっと気恥ずかしいけれど、向かい合ってドレスの裾を摘まみ挨拶をする。
騎士服のレオンも礼を取ってくれたが、その流れるような所作がとても綺麗で、思わず見惚れてしまう。
「リーナの誕生パーティーでのドレスも綺麗だったが、そういう可愛らしいデザインも似合うな」
「そ、それはどうも……」
やばい、こちらも相変わらずの魅惑の微笑みだ。
さらりと褒めてくれるのも恥ずかしいけど嬉しい。
「ちょっとちょっと、そこで青春しないでくれる?」
からかい混じりの紅緒ちゃんの声にはっとする。
いけないいけない、これはレッスンなんだから気を引き締めないと。
こほんと咳払いをして、私達もホールドを組む。
うっ、予想通り、顔が近い。
思わず顔を逸してしまうと、すかさずクレアさんから指導が入る。
「ルリ様、しっかりお相手の顔を見て下さい。それでは姿勢が崩れてしまいます」
そ、そんなこと言われても。
勇気を出して目線を上げると、甘さを含んだアイスブルーの瞳が目に入る。
が、我慢よ我慢!
ぷるぷるしながら耐えていると、ぷっと僅かにレオンが吹き出したのが分かった。
くそぅ、バカにされている。
だってこんな近距離で見つめ合うことなんて今までなかったもの!
距離が近いことがあっても、うしろや横に並んでいることが多いし、抱き締められている時も顔は見えない。
それにキ、キスの時だって目は瞑っているもの。
見つめ合うだけのことがこんなに恥ずかしいなんて、知らなかったよ!
「オウカ様も。ちゃんと顔を上げて下さいね」
その言葉にはっとして黄華さんペアを見ると、あちらでも真っ赤な顔でぷるぷる震えていた。
うん、仲間だね黄華さん。
そしてものすごく楽しそうなウィルさんと、超不機嫌顔のリオ君も見えたけれど、巻き込まれると大変そうなのでそっと目を逸らすことにしたのだった。




