聖女会議9
「はぁ……今日も厳しかったわね」
「私もう足がガクガクです」
「ほんと……。ヒールで踊るのがこんなに大変だなんて、知らなかった……」
クレアさんのレッスンを受けるようになって数日。
どうやら私だけではなく、紅緒ちゃんと黄華さんも体が痛いらしい。
今日は午前中にダンスのレッスンを受け、午後からは騎士団との訓練と、丸一日王宮で三人一緒のお仕事コースだ。
そして現在、その合間のお昼休憩をこうして一緒に過ごしている。
最近忙しくてさすがに料理は作って持ってこれなかったから、目の前の軽食は王宮で用意してもらったものだ。
だけど、体力回復のためにアイスハーブティーだけは用意した。
そんなに手間もかからないし、アーサー君とヴァイオレットちゃんも快くハーブを提供してくれたので、先程給湯室をお借りして作ってみた。
「はあ、やっぱりスッキリして美味しいわね。これで回復もするんだから二重にお得だし」
紅緒ちゃんは一気に飲み干して、おかわりまでしていた。
夏真っ盛り、暑いし運動後だし、気持ちは分かる。
「でも紅緒ちゃん、ステップ覚えるの早いですよね。クレアさんにも褒められていましたし」
「ああ、音ゲーも時々やってたからね。足使うのは割と得意かも」
音ゲー?と黄華さんとふたり首を傾げれば、ゲームセンターなどでよく見る、音楽に合わせてステップを踏むゲームだと教えてくれた。
ああ、テレビとかで見たことあるわね。
上手な人だと、ものすごい速さでやっているのを特集していた。
それにしても、紅緒ちゃんて本当にゲームが好きだったんだなぁ。
「だから速い曲はそのノリで結構好きだけど、優雅にとかはやっぱり苦手。そっち方向はふたりの方が上手だと思うけど」
確かに黄華さんは元々茶道をやっていたからか、とても所作が綺麗だ。
姿勢も良いし、“魅せる”踊りをするなぁと私も思っていた。
「私は瑠璃さんの踊りも好きですよ。ピアノをやっていらしたからでしょうか、音楽に合わせるのがとても上手ですよね」
「え!?そ、そうですか?」
わーなんか褒め合いになってるけど、やっぱり褒めてもらえるのは嬉しい。
でも確かにレッスンを始めて数日なのに、三人共すごく上達している。
ものすごく厳しいけれど、さすがクレアさん、お願いして良かったなと思う。
このままちゃんとレッスンを受けていけば、少なくとも恥をかくことは無さそうだと、ちょっぴり安心する。
カランと氷の音を立ててアイスティーのグラスを傾けると、爽やかな香りが口の中に広がった。
そこで、そういえばと気になっていたことを口にする。
「ダンスを1、2曲と言っていましたが、誰と踊るんでしょうね?」
「そうですね、恐らく陛下とは踊ることになるのではないでしょうか」
黄華さん曰く、やはり聖女と良い関係を築いているとアピールしたいので、三人共が踊るのではないかということだ。
まあ確かに関係はそれなりに良いし、お世話にもなっていると思っているので、それを拒否するつもりはない。
「あとはちょっと分からないですね。仮にも聖女の私達が、誰とでも好き勝手に踊るのは難しいでしょうし」
貴族のパワーバランスってやつね。
うーん、めんどくさい。
でもそれならきっとレオンと踊るってこともないのかな。
まあ、彼とはもっと上手になってからのお楽しみとしよう。
……次があればの話だけど。
ならば今回、私は陛下との一曲だけで良いかな。
紅緒ちゃんは良いよね、認めてはくれないけど、好きな人と踊れるんだし。
そう思ってちらりと紅緒ちゃんを見たが、予想とは違った表情をしていて驚く。
てっきり恥ずかしがりながらも、嬉しそうにしているのではと思っていたのだが、その顔はちょっぴり暗く、俯いている。
そういえば最近ため息も多い気がする。
「ね、紅緒ちゃん。陛下と何かあった?」
思わずそう聞けば、紅緒ちゃんはびくりと肩を揺らし、おずおずと目を上げた。
「別に……何もないわよ」
「私も気になっていたのですが、最近おふたりともよそよそしくないですか?少し前はあんなにじゃれ合ってましたのに」
「じゃれてない!それに、本当に何もないのよ……」
そう言って紅緒ちゃんはまた俯いてしまった。
“何でもない”じゃなくて、“何もない”
それって……。
「えっと、何かあった訳じゃないのに、急にそんな風になったってこと?」
「ん……そう」
私の言葉に、紅緒ちゃんはついにおでこを机にあてて蹲ってしまった。
微かに震えているところを見ると、泣いているのかもしれない。
黄華さんとふたり、顔を見合わせて何と声をかけようかと戸惑っていると、くぐもった声が聞こえた。
「……のよ」
「え?何か言った?」
励まそうとしてそっと近付き聞き返すと、がばりと紅緒ちゃんはいきなり立ち上がった。
「もう!何だっていうのよ!!言いたいことがあるならはっきり言いなさいってのよ!あのくそ腹黒魔王ー!!」
「べ、紅緒ちゃん?」
「だいたいあれだけ毎回毎回ネチネチ言ってた奴がよ!?急によそよそしくなっちゃって!声をかけても素っ気ないし、理由を聞いても教えてくれないし、一体何だってのよ!言いたいことがあるなら、ちゃんと顔見て言えってのよあの悪役顔!!」
あれ、何だろうこの既視感。
前にもこんなことがあったような……。
「私の過去の話をした時もこんな感じでしたわねぇ」
そういえばそうだ。
黄華さんの話を聞いて怒った時も、こんな風だった。
泣いているのかと思いきや、どうやら怒りで震えていたらしい。
「まあでも、怒る気力があればまだ大丈夫ですよ。今は話を聞いてあげましょう」
「……そうですね」
そうして黄華さんと私は、紅緒ちゃんの陛下への不満や悪口にうんうんと頷きながら、たっぷり小一時間聞くことになったのだった。




