目配せ
******
瑠璃がラピスラズリ邸で夕食をとっている頃、王宮のある一室で、宰相のシリルはその報告を聞いていた。
「ほう?あのアーサー殿下とヴァイオレット殿下をも陥落させたか。これは期待以上だな」
その家名に相応しいエメラルドグリーンの目を細めると、面白げに笑う。
「さて、そろそろ私も動こうか。約束を守るために」
そう誰にともなく発すると、近くの窓から外庭を覗く。
するとそこには、夜着姿でひとり佇む紅緒がいた。
「悩む聖女様を慰めて差し上げたいが……。残念ながら、私では役者が不足しているな」
高い位置からでも気付くほどに、紅緒は肩を落としていた。
そんな姿を見ると罪悪感を持ちそうになってしまうが、これは仕方のないことなのだとシリルは自分に言い聞かせる。
「申し訳ありませんね。これも国のためなのですよ」
そう紅緒に向かって謝ると、すっと窓から離れ、報告に来た部下へと目を向ける。
「ご苦労だったな。下がれ」
その命で部下が退出すると、ほうと息を吐き呟きを落とす。
―――――――と良い。
そっと一瞬閉じた目を開くと、また新たな書類を手に取るのだった。
******
翌日。
今日は午前中は王宮でポーションについての実験、お昼をレオンと一緒に食べて、その後第二騎士団との訓練を行う。
ちょっと忙しいけど、予定通りに帰りたいので頑張らないと。
夕方、クレアさんとのフォルテのレッスンがあるから、出来れば聞いてほしいとリーナちゃんにねだられたのだ。
クレアさんにも久しく会ってないし、何事もなければ十分間に合うから、良いよと約束した。
そんなときに限って何かが起こるのがお約束なんどけどねぇ……。
「ルリ様?これで合っていますか?」
「自分の世界に入ってますわよ。戻って来て下さいませ」
「え?あ、ごめんなさい!」
いけない、いけない。
頑張らなくてはと思っていた側から、集中力に欠けてしまっていた。
アーサー君には苦笑い、ヴァイオレットちゃんは呆れたような表情をされてしまった。
「ルリったら、殿下方の前で気を抜くなんて大物ねぇ」
うっ、シーラ先生にまで呆れられてしまった。
その上、部屋の端で控えているアルが小さく笑っているのが見える。
でも集中できていなかったのは事実なので、謝るしかない。
「本当、わたくし達の前でそんなに自然体でいるのなんて、貴女くらいなものだわ」
「はい……申し訳ないです……」
ひと回り以上も年下の女の子に叱られる私って……。
昨日のことで、ヴァイオレットちゃんはすっかり素で話してくれるようになった。
気が強いと陛下も言っていたが、なかなかに厳しい。
「べ、別に悪いとは言っていませんわよ!」
そう言ってふんっと背けた顔はほんのり赤い。
これはあれですね。
ツンでデレなやつですね。
園児だとなかなかないキャラなので新鮮だが、美少女のツンデレ最高。
にまにましながらヴァイオレットちゃんを見ていると、キッと睨まれる。
「何笑っているんですの!?」
怒った顔もかーわーいー!
「はいはい、そこまでにしなさい。さて、殿下方の作ったポーションを鑑定して効果を確認してみましょう」
ヴァイオレットちゃんの反応に私がにやにやしていると、パンパンと手を叩いてシーラ先生が待ったをかけた。
しまった。
そうよね、今日はふたりにポーション作りを教えるために集まっているんだもの。
すみませんと再度謝ったが、やれやれという顔をされてしまった。
ところでポーションはどうでしたと話を逸らせば、鑑定の結果を見たシーラ先生はにっこりと微笑んだ。
「うん、おふたりともきちんと出来ていますよ。さすがですね」
それを聞いたふたりは、ぱあっと喜色を浮かべる。
薬草園の薬草を色々調べたら他にもポーションに使えそうなものがあったし、きっと自分達でも実験するようになるだろう。
「陛下にもポーションを作るための研究室をお願いしたし、これから忙しくなるわね」
そう言って機嫌の良さそうなシーラ先生も、ポーションにはかなり興味を持っている。
その重要性を切々と陛下に訴えたところ、効果が期待できそうだということで、実用化するための研究の許可が下りたらしい。
その研究は基本的に魔術師団が担当することになったのだとか。
そして、今その研究の希望者を募っているのだが、これがなかなかに人気らしい。
ちなみにその中に私の名前も入れられていることは言うまでもない。
「僕達もメンバーに入れてもらえるよう、兄上にお願いしました」
「うちの薬草を提供するのだから当然よね」
そしてアーサー君とヴァイオレットちゃんもすぐに立候補したみたい。
そのために、今日ちゃんと作れるかシーラ先生立ち会いのもとポーション作りをやってみたのだ。
結果はご覧の通りということで、おそらく陛下から正式に許可が出るのではないだろうか。
お兄ちゃんの助けになりたいってずっと思ってたんだもの、きっとすごく嬉しいよね。
これからのふたりの活躍が楽しみだと、私とシーラ先生は目配せをして微笑み合うのだった。
「そうか、それは良かったな」
「うん、ふたりともすごくやる気でね。陛下のために頑張ってるのが微笑ましくて」
お昼の休憩時間になり、私はいつものように第二騎士団の団長室でレオンと食事をとっていた。
「相変わらず人を手懐けるのがお上手ですね。おや、この野菜を肉で巻いたもの、すごく美味しいですね」
相変わらずのウィルさんも一緒だ。
「まあそれがルリ様ですから。あ、本当ですね、美味しいです」
そして珍しくアルも席について一緒に食べてくれている。
それにしても手懐けるって言い方はないのではないだろうか。
まあそれが彼の素だと分かっているし、嫌な意味ではないのも知っているから別に良いんだけどね。
それに、このふたりが自然に並んで食べている姿が嬉しくもあるから、今日は許そう。
「アスパラやニンジン、インゲンなどをお肉で巻いたんです。これなら野菜もたくさん食べられるでしょう?」
男性はどうしても野菜<肉になりがちだからね。
体の調子を整えるためにも野菜はしっかり摂ってほしいと思って、今日は肉巻きメインのお弁当にしてみた。
予想通りみんなに好評なのに嬉しくなる。
ポーション作りも順調だし、お昼からの訓練も頑張らなきゃ。
そう意気込んでいると、団長室の扉がノックされた。
何だろうと四人で扉に目を向けると、年配の文官らしき人が入室してきた。
「お休み中に失礼致します。青の聖女様、この後お時間を頂きたく、参上致しました」
その言葉に私はぽかんとする。
「この後は我らとの訓練に参加の予定だったはずだが?」
なぜ?という思いでいっぱいの私の代わりに、すかさずレオンがそう聞いてくれた。
「それは承知しておりますが、赤と黄の聖女様もご一緒ですし、国王陛下と宰相閣下のお召しですので、どうぞよしなに」
その返答に私達は顔を見合わせる。
陛下と宰相さんが呼んでる、でもそんなに緊急ではないみたい。
文官さんも今すぐとは言わなかったし、なにより紅緒ちゃんと黄華さんと一緒なら。
「分かりました。ここを片付けたら、参ります」
そう文官さんに伝えると、心配そうな顔をするレオンとウィルさんに向けて、大丈夫だとにこりと微笑んだ。




