自信
はっとアルを見ると、とても優しい顔でこちらを見ていた。
「恐れながら王妹殿下、王弟殿下、才能や運だけでは得られないものがあります。彼女もまた、異世界から喚び出された境遇の中で、傷付き、苦しみ、それでも自分に出来ることは何かと考えて、努力して、ここにいるのです」
穏やかに諭すように、アルの目はヴァイオレットちゃんとアーサー君を見据える。
結果だけ、良い部分だけを見たら、確かに私達をズルいと思ってしまうのも、無理はない。
けれどそれだけではないのだと、アルは言ってくれている。
「……あのね、大きいことを成そうと思ったら、時間がかかるのは当たり前なの。それでも諦めずに頑張る姿は、きっとちゃんと評価されていると思うよ」
少なくとも、陛下はちゃんとふたりを見てくれていると思う。
自分のために何かしたいという思いも、できる力で頑張ろうとする姿勢も。
「医療面の充実、時間はかかるかもしれないけれど、すごく良いと思うわ。それに、ふたりが薬草園を作って、ちゃんと管理してくれていたから今回のハーブティーやポーションが出来た。それも、あなた達の成果よ」
アーサー君の目元も、じんわりと涙で滲んでいる。
「どうして土魔法なんだろうって、ずっと思っていたんです。火や水、風の方がずっと使い勝手が良い。光や闇、聖属性持ちになりたかったとまでは言いません。だけど」
そこまで言うと、ぐっと唇を噛んでしまった。
確かに魔法って聞くと、火や風、水を操る方がイメージしやすいかもしれない。
土魔法って、言い方は悪いけど、地味なイメージはあるよね。
でも、ルイスさんだって土魔法を得意として騎士団で活躍している。
公園のことでもお世話になってるし、その力を誇りに思ってるんじゃないかな。
「そっかあ。でも私は、今回すごく助かったし、土魔法ってすごいんだなぁって思ったよ。好きなことに活かせる力なんて、素敵だね。好きなんでしょう?薬草園の管理」
薬草園を案内してくれた時、少しだけ警戒を解いて色々話してくれた。
優しく薬草に触れる姿から、ああ大切に育てているんだな、この仕事が好きなんだなって思った。
最初は自分が使える魔法で出来ることを、と思って始めたことかもしれない。
だけど、やっていくうちにだんだん興味が湧いてきて、好きになって。
「好きなことを見つけて、それに一生懸命取り組んで、しかもちゃんとそれがお兄さんの役に立っているんだもの。それってすごく素敵なことだわ」
だから、自分の選択にも仕事にも、誇りを持つと良い。
そんな思いを込めて、アーサー君の手をきゅっと握る。
誰かに認めてもらえるということは、自信に繋がるから。
そして、隣でまたぽろぽろと泣いているヴァイオレットちゃんへと顔を向ける。
「薬草園の仕事は嫌い?」
ヴァイオレットちゃんはふるふると首を振ってそれを否定する。
「……最初は、戦闘に便利な魔法があれば、お兄様と一緒に戦えるのにって思ってました。でも、アーサーと一緒にやっているうちに、薬にすごく興味が出てきて。最近は薬の調合も習い始めたんです」
「そうなの?じゃあ、ちゃんと前に進んでるじゃない。大丈夫だよ、陛下だってちゃんとふたりのこと、認めてるから」
ヴァイオレットも仲間に入れてやってくれと言った時の陛下の顔を思い出す。
あんなに柔らかい表情で話す陛下は、初めて見た。
きっとふたりの意思を尊重して、見守ってくれているのだろう。
「こんなお兄さん思いの妹と弟がいて、陛下は幸せだね。羨ましい」
そう言って私が笑うと、ふたりはまた、涙をぽたりと溢したのだった――――。
「さて、今度こそ本当に落ち着いたかな?」
はい、とふたつの返事がした。
良かった、アーサー君もヴァイオレットちゃんも、すっきりした顔をしている。
その後も話を聞けば、どうやらヴァイオレットちゃんは、陛下と同じように討伐で活躍する紅緒ちゃんにちょっぴり嫉妬していたらしい。
攻撃魔法に特化してるもんね、しかも陛下と連携する訓練もしているし、そりゃあお兄ちゃん大好きな妹としては面白くないはずだ。
それと、以前話していた黄華さんが体調を崩した時に飲んだ薬、あれはふたりが管理する薬草園の薬草で処方されたものなんだって。
最初なかなか口にしようとせず、色々と聞かれたとの話を聞いて、自分達の育てたものを否定されたようでムッとしたそうだ。
それは完全な誤解なので、元の世界の薬と形態が違ったからだとちゃんと説明しておいた。
ふたりにとってはかなりコンプレックスを刺激されたようで、今まで接し方がちょっと冷たくなってしまっていたみたい。
そこで、紅緒ちゃんに『瑠璃さんだったらあのふたりも心を開くかも』と言われたことを思い出す。
なるほど、些細なすれ違いがこうなってしまうのね。
誤解も解けたことだし、今度は5人でお茶会も良いかもね。
あ、アーサー君が男の子ひとりだから、陛下もいると良いかな?
そうしたら紅緒ちゃんも喜ぶだろうし?
脳内の紅緒ちゃんが「喜ばないわよ!」と怒ったが、それはスルーした。
まあ恐らくそんな機会を持つのは難しいだろうが、想像するだけなら良いよね。
ふふっと微笑んでお茶を一口飲むと、アーサー君がおずおずと話しかけてくれた。
「あの、ポーションを作るのに魔力を流すのが必要と聞いたのですが、僕達にも出来ますか?」
「!うん、出来ると思うよ」
水かハーブに魔力を流すので、水魔法か土魔法のどちらかを使えば良いということだった。
ならばきっとふたりにも出来るはず。
陛下も薬草園の薬草を片っ端から調べる、と言っていたし、ふたりにも手伝ってもらおう。
「私ひとりじゃすごく大変なんです。どうか力を貸して頂けませんか?アーサー殿下、ヴァイオレット殿下」
王族としてのふたりへそう伺いを立てれば、力強い返事が返ってきて、私はそれに微笑み返したのだった。




