遭遇
「…貴女は、誰だ」
それは、突然だった。
「あ、ええと…リーナちゃんの家庭教師をさせて頂いています、和泉 瑠璃と申します」
目の前の冷たい美貌の青年は、眉間に皺を寄せて私を見つめた。
正に蛇に睨まれた蛙状態の私。
一方、美青年は目を伏せてはあ、と溜め息をついたが、そんな姿も絵になる。
「得体の知れない者を雇うなど…兄夫婦もどうかしている」
あ、それについては同意します。
寧ろ私も理由を聞きたい。
あれから一週間。
そろそろ探すのも諦めたはず、と暢気に考えていた私は、何時ものように朝の支度を終え、朝食のため廊下を歩いていた。
玄関の近くを通っていると、その人はいた。
朝早くだというのに整えられた髪や服。
一目で貴族だと分かる、端正な顔。
あれ、どこかで…と思った時にかけられた言葉が、冒頭だ。
「しかし、珍しくリリアナが懐き日々楽しく暮らしていると聞くから、悪い人間では無いのだろう。…叔父としては、心配だったからな」
あ、この人、口は悪いけど嫌な人じゃなさそう。
「えーと、はい、それだけは誓って。それに、私もとても良くして頂いて感謝しています。あの、もしかしてレオンハルトさんですか?エドワードさんの弟さんの」
そう尋ねると、どの言葉に反応したのか、軽く目を見張る。
ああ、と短く答えを受け、私はまじまじと見つめる。
ああ、もう全快したのだなと分かる、疲労感の見えない目元と、理性的なアイスブルーの瞳。
ぴっちりと一番上までボタンを止めた、多分騎士服。
襟足だけ少し長めの髪は成る程、私と同じ色合いだ。
背も高いので自然と見下ろされる形になり、その隙のない雰囲気からも威圧感を感じる人は多いだろう。
まあ女の園での化かし合いの方が怖いけど。
とりあえずこの人とは適度な距離を保つと決めている。
「これからも皆様から信頼して頂けるよう、精一杯努めてまいります。それではこれで…」
軽く頭を下げて退散しようとすると、さっと腕を取られた。
「え?」
「ーー君の瞳は、紺瑠璃か」
胸が、跳ねた。
そりゃそうだ、こんな美形に顔を覗き込まれている。
でも、それ以上に、名前を呼ばれたのかと思ってドキドキしてしまった。
びっくりする程の美声で、少し低めの声がセクシー…ってあああ!私なに考えてるんだ!!
「…あの、離して下さいませんか?」
努めて冷静に言ったが、きっと顔は赤い。
目だって合わせられないから、早く、離してー!!
「…すまない」
すぐにそっと離してくれたが、何だろうこの空気。
居たたまれない。
「そ、それでは失礼します!」
逃げるが勝ち!とばかりに去ろうとすると、待ってくれ、ともう一度声をかけられた。
「貴女のような髪色で、金色の瞳の女性を知らないか?」
「金色…?いえ…」
「そうか…。呼び止めてすまなかった。どうぞ、行ってくれ」
何なんだろうと思ったが、とりあえずお言葉に甘えて失礼しますー!
瑠璃が足早に去っていく姿を見つめながら、レオンハルトはぽつりと呟いた。
「似ている、と思ったのだがな」
気のせいか、との声は、誰の耳にも届かなかった。
あれから、レオンハルトさんは時々ラピスラズリ邸を訪れるようになった。
「騎士団に入ってからは、なかなか帰って来なかったのに。どういう風の吹き回しだろうな」
夕食の席。
早く帰って来たエドワードさんが、何故か私を見てニヤニヤしている。
随分砕けた姿を見せてくれるようになったものだと溜め息をつく。
少し前は、紳士的で落ち着いた大人の男性、という印象だったのに。
知らんぷりをして「このお魚、美味しいねー」とリーナちゃんに話しかける。
そんな私の無礼な態度にも、くっと笑い声を零し、さらにレオンハルトさんの話題を吹っ掛ける。
「そのレオンだが、明日も来るそうだ。悪いがルリ、相手をしてやってくれないか?エレオノーラは茶会でね。何、レイとリーナと一緒に昼の茶の時間を過ごしてもらうだけで良い。あいつも暇ではないからな。すぐに職務に戻るだろう」
しょっちゅう抜け出して来る人は暇ではないんですか!?と言いたかったが、ぐっと我慢する。
「…分かりました」
雇われはツラいよ。
「レオン叔父上は、最近何をされに来ているのですか?僕たちも会えるのは嬉しいですが」
「れおんおじさま、やさしいからすき」
リーナちゃん、可愛がってもらってるのね。
そしてレイ君、深く突っ込まなくていいから。
夕食を終え、何時ものようにリーナちゃんを寝かしつける。
因みに、最近は簡易版の絵本も作っている。
絵本だとリーナちゃんと横に並んで読めるしね。
お話は私作の物もあれば、なんとセバスさんが考えてくれた物もある。
これがとても良く出来た話で、私もびっくり。
凄いですね!!と半ば興奮気味に言うと、実は小説を見るのも書くのも好きなのだとか。
みんな色んな趣味や特技があるものね。
今日はレイ君もいるので、(恥ずかしがったけど)無理矢理隣に座ってもらって、天使二人に挟まれながら読み聞かせをする。
「ーーさて、彼らはどうなってしまうのか!…続く」
「えー!?」
「何て良いところで終わるんですか…!?」
「るりせんせー!つづきー!!」
いつの間にかレイ君も話にのめり込んでいたようだ。
さすがセバスさんが作ったお話、ガッチリ子どもの心を掴んでいる。
あ、因みにアリスちゃんが私を先生と呼び始めたので、リーナちゃんもそう呼ぶようになった。
「気になるねー!でも続きはまた明日。今日はここまで、ね?」
「…仕方ありませんね、もうリーナは寝なくては。じゃあリーナ、お休み」
時計を見て諦めたレイ君は、僕の居ない時に読まないで下さいよ!としっかり釘を刺して自室へと戻って行った。
「あしたは、れおんおじさまもいっしょね」
そうだった。
何故か私がおもてなし役に指名されたが、本当に何をされに来るのだろう。
まさか気付かれてはないよね、と思いたい。
「るりせんせい、せっかくだから、またくっきーつくりたい。おじさまにも、たべてもらいたいの」
そっか。
この前、エレオノーラさんやレイ君に食べてもらえて嬉しかったのよね。
「うん、じゃあ午前中は、叔父様の為にお料理しましょうか」
「うん!」
「じゃあ早く寝ないと。明日、頑張ろうね」
柔らかく微笑んだリーナちゃんは、歌声にとろりと目を伏せ、静かに寝息をたて始めた。
「…と言うか、お父様にはあげなくて良いのかしら?」
エドワードさんが聞いたら涙目だろうなぁと苦笑する。
まあ、難しく考えず、私は精一杯おもてなししよう。




