羨望と嫉妬
だけど、今回はそのおかげでヴァイオレットちゃんと話すきっかけができたので、エレオノーラさんには感謝しなくてはいけない。
見た目12歳くらいだけど、女の子だもの、そういう流行のものとかには敏感なのだろう。
ここは子ども扱いじゃなくて、立派な女性として接するのが正解よね。
「そう言って頂けるなんて光栄です。またお菓子もお持ちしますね。あ、この前摘ませて頂いたハーブですが、とても助かりました。そのことで今日は色々とお話を伺いたいのですが、よろしいですか?」
にっこりと微笑みながらも丁寧な態度を崩さないようにすれば、ヴァイオレットちゃんとアーサー君も頷いてくれた。
それから私が知っているハーブや、元の世界でお茶に使われているものをつらつらとあげてみれば、薬草園にもあるものや、育ててはいないが生育している場所は知っているというものばかりだった。
それらのハーブティーとしての詳しい作り方は分からないが、とりあえず同じようにやってみるしかない。
それに、ハーブティーにはならなくてもポーションとしては使えるかもしれないしね。
材料が確保できれば色々実験できるもの、ちょっと楽しみ。
ぐっと前に進んだのはふたりのおかげだ、感謝しなくてはいけない。
「ずっと気になっていたんですけど、どうしてハーブティーを作ろうと思ったんですか?貴女は魔法が得意なんですよね、別に植物に頼らなくたって……」
粗方聞き終わってひとり満足していると、ぽつりとヴァイオレットちゃんから疑問を投げかけられた。
見ると、僅かに俯いて表情も硬い。
隣に座るアーサー君も、同じようにして下を向いている。
……?何かは分からないけど、どうやら事情があるようだ。
それならば、きちんと答えなくては。
そう思った私は、ハーブティー製作に至るまでのあれこれを話した。
確かに私の魔法で傷を癒やすことはできるが、それでは側にいる人しか助けられない。
関わることの多い騎士のみんなやその家族の心、そして大切な人を守るものが欲しかった。
それに、聖属性魔法を持たない人でも作れるものがあると良い。
そこで思い出したのが、鑑定を使った時に見ることができる、“効果”。
初めて鑑定を使ったときに見えた、ホワイトリリーの記述に、HP回復の文字があった。
植物の中に回復の効果を持つものがあるのならば、料理よりも戦闘中でも摂取しやすい飲み物を作れないだろうか。
そうして出来上がったハーブティー、紅緒ちゃんのアドバイスで魔力を流してみれば、なんと回復薬と呼べる代物が出来上がった、ということだ。
「まだ実験の段階ですけど、かなりみんなから助けてもらって、出来たことです。もちろん、おふたりにも」
ありがとうございましたと、もう一度お礼を伝えれば、ふたりは顔を上げてくれた。
すると、ヴァイオレットちゃんが口を開く。
「……青の聖女様。貴女は、私達のことをどう思っていますか?」
どう思っていますかって……かわいいと思ってます!は多分違うわよね……。
その唐突な質問の意図が分からなくて、私は少し戸惑ったが、思っていたことを素直に告げることにした。
「ええっと。そうですね、幼いながらも国王として大変な立場にいるお兄様を少しでも助けたいと頑張っている、優しい弟と妹だなと思っています」
こんな年で薬草園なんて管理しているのだ、恐らく医療面とか、そういう方向で手伝おうとしているのではないだろうか。
兄弟仲も悪くはなさそうだし、きっとそういうことだと思う。
「……んで」
「え?」
「なんで、分かるんですか……?」
突然ぼろぼろと泣き出したヴァイオレットちゃんに、私は慌てふためくのだった。
「どうです?落ち着きました?」
「はい。……すみません、急に泣いたりして」
すん、と鼻をすするヴァイオレットちゃんの、目と鼻の頭は真っ赤だ。
初めて会った時は、ちょっと気位の高いお姫様って感じだったけれど、こんな姿は年相応の女の子だ。
けれど、その立場ゆえに悩むことや抱えているものも多いのだろう。
「ね、私今日は時間があるの。だから話し相手になってくれると嬉しいな。良かったら、涙の理由、話してみません?」
今度は少し砕けた口調で、同じ目線に立って話してみる。
これくらいの年頃は、大人扱いしてほしい気持ちと、甘やかしてほしい気持ちが入り混じっている。
王族として振る舞っている時が前者なら、今はきっと後者だろう。
そしてそれは恐らく当たっていて、ヴァイオレットちゃんはおずおずと話し始めた。
話を聞くと、どうやらこの三兄弟、魔力はあまり高くないのだとか。
あまり知られてはいないが、父王が貴重な聖属性魔法持ちだったため、子どもたちもひょっとしてと期待されていた。
そのため、どうしても残念だという目で見られがちだったという。
それでも、兄は剣技に優れていたため、魔物討伐などで次第に認められるようになり、王となった現在の政治手腕も認められつつある。
しかし、まだ幼いふたりには、これといってパッと優れたものが無かった。
才がないのならとふたりが考えたのは、唯一使える土属性魔法を活かすこと。
植物を育てることに向いているこの力で、どうにかして兄を支えたいと思った。
父が亡くなって、その責務全てが兄の肩に乗せられることになった。
それを少しでも軽くしたい、そう考えたのだ。
そうして薬草園を作り、医療分野の知識向上に努めた。
また進んで学ぶ機会を多く取り入れた。
幸い頭の回転は良い方だったので、教師陣から褒められることもよくある。
「でも、やっぱり魔法へのコンプレックスは消えなくて。羨ましかった。そんな風に自由自在に魔法を操る、貴女達が」
『達』が表しているのは、ひょっとして紅緒ちゃんと黄華さんだろうか。
まあ確かにこうしたい!って念じれば呪文が頭に思い浮かぶし、レベルに差はあれど全属性の魔法はつかえるし、しばらく忘れてたけど、私達ってばチートなのよね。
色んな期待や重圧のある、王族のヴァイオレットちゃん達からすれば、そんな能力が羨ましくも疎ましくもあるだろう。
「それなのに、貴女はその魔力に頼らず、それ以外の道も探そうとしている。それが、私には眩しくて、羨ましくて」
再びヴァイオレットちゃんの目からぽろりと涙が零れた。
そしてアーサー君もまた、それが真実だと言うことだろう、否定することもなく黙って俯いている。
「……ですが、ルリ様もたくさん悩まれて、今ここにこうして立っておられるのですよ」
何と声をかければ良いのか迷っていた私よりも先に、そうふたりに声をかけたのは、扉の近くで控えていたアルだった。




