尋問
……の前に。
「それで?その理論からいくと、ルリが作ったものは上級ポーションになるはずだ。飛び越えて最上級になったのは、なぜなんだろうな?」
「えーっと、なんでだろうね?」
レオンによる尋問が始まってしまった。
馬車で送ってくれるって言うから、素直に喜んで乗ってしまったのだが、まさかこんなことになるとは……。
チョコレートのことや、以前料理の検証をした時に、想いの強さで効果が変わるということを知っているのだから、レオンなら察しているはずだ。
その証拠に、レオンの表情は何かを期待するような笑みを浮かべている。
これは言うまでとことん攻められる、そう分かってはいるのだが、だからと言って恥ずかしさを捨てられもしない。
ひょっとしたら今回は見逃してくれるかもしれない、そんな甘い考えがまかり通る訳もなく、さらにレオンが距離を縮める。
「そういえば以前くれたチョコレート、あれにも全回復の効果があったな?」
きた。
やはり逃してはもらえないのかと、内心冷や汗をかく。
些細な抵抗もむなしく、思わず逸らしてしまった顔にそっと手をあてられると、優しくレオンの方を向けられてしまった。
「ルリ?」
ううっ、結局私はこの顔と声に弱い。
普段訓練の時などにあまり変わらない表情が、ちょっぴり意地悪な色になることや、淡々とした口調で話す声が、驚くほど甘みを帯びること。
リーナちゃんやレイ君の前でも表情や口調が柔らかくなるが、それはただただ優しくなるだけだ。
こんな風に表情豊かになるのが自分に対してだけだと知ってしまったら、もう拒めない。
「……これを作りながら、怪我をした人を少しでも多く救えたら良いなって思ったの。そうしたら、この前のウィルさんのことを思い出して……」
あの時は紅緒ちゃんや黄華さんがすごく取り乱していたから、出来るだけ冷静にと意識していたし、私もウィルさんを治すことで必死だった。
「もしレオンがあんな風になったらって思った。私が近くにいれば、魔法で治せるかもしれない。でも、そうじゃない時もたくさんあるから」
レオンは強い。
それは知っているけれど、だからと言って必ず生きて帰ることができるという保証はどこにもないのだ。
「もう会えなくなるのは嫌だって、そう思ったら、その……魔力が溢れてきて、あれが出来ました」
事実を伝えながらも変な空気にならないように言葉を選んだつもりだが、目の前の顔が嬉しそうに綻ぶのを見ると、やっぱり胸が高鳴ってしまう。
「心配してくれる人がいるということは、嬉しいことだと以前言っていたな。そしてそれが大切な人だったら、こんなにも心を温かくしてくれるのだと、私も実感しているよ」
そしてそっと私の手を取ると、レオンは軽くキスを落とした。
うっ。これ、すごく恥ずかしいんだけど、すごく嬉しくもあるんだよね。
レオンは自然にやっているから、多分この世界では珍しくない行動なんだろう。
貴族がいる世界だし、騎士が手の甲にキス、ってありがちだしね。
でも元の世界でそんなことをする男の人って、あんまりいない。
いや、相手がいなかったから知らないけどさ!
でも彼氏のいる友達とかからそんな話聞いたことないし!
そういう、なんだか“特別”なことをされているような気持ちになって、実は、その……すごくドキドキする。
きっとからかわれるだろうから、誰にも言ったことないけどね!
「どうかしたか、ルリ?」
頭の中でごちゃごちゃ考えていると、レオンが顔を覗き込んできた。
ち、近い。
「な、なんでもない!」
思わずぱっと手を離してしまうと、レオンに不服そうな顔をされてしまった。
「ここが馬車でなく、室内ならば唇に出来たのだがな」
な、なななな何をですか!?
むぅとむくれるレオンに、何も言えず口をぱくぱくさせる。
「分かっている。今はそれくらい我慢するさ」
今は!?今はってどういうこと!?
「まあ、正直に言えば我慢はいつもしているのだが」
えええ?いつも私が息も絶え絶えになるまで、その……キスしてますよね?
もう言葉のひとつひとつに突っ込みが追いつかない。
そんな私の脳内を知ってか知らずか、はぁっとレオンはため息をついた。
「ルリ……私も男だからな。好きな人が側にいれば、触れたいと思ってしまうんだ」
意を決したのだろう、真剣なレオンの表情に私もどきりとする。
「その、私は……」
だが、何と返せば良いのか分からず、それ以上言葉が出て来ない。
いくらなんでも子どもではないのだから、レオンの言おうとしていることは分かる。
でも、そういうことに免疫がないのも確かで。
「……いや、悪かった。気にしないでくれ。私を心配してあのポーションが出来てしまったのだと聞いて、舞い上がってしまったのだろう」
戸惑う私を気遣ってくれたのだろう、レオンはぽすりと私の頭に手を乗せると、優しく撫でてくれた。
レオンが心の内を話してくれたのに、それに上手く答えられないのが情けない。
その上、気を遣わせてしまった。
こんな時、なんて自分は駄目なんだろうと思ってしまう。
「そんな顔をするな。ルリがこういうことに慣れていないことは分かっている。焦らなくて良い」
ぽんぽんと頭を軽く叩くと、手を引っ込めてしまった。
きっと、私が怖がっていると思って、また我慢してくれたのだろう。
その優しさに甘えてしまってはいけないと、ちゃんと分かっている。
だから、せめてこの気持ちだけは伝えなくてはと、口を開く。
「……私、レオンが好き」
きゅっとレオンのマントを握る。
「私だって、レオンに触れられると嬉しいし、すごくドキドキする。そんなの、レオンが初めてなの」
顔を上げると、驚くように見開かれたアイスブルーの瞳と目が合った。
「これ以上気持ちが大きくなったらどうなるんだろうって、ちょっと怖いの。でも、嫌じゃない。だから、お願い」
触れたいと思う気持ちは、隠さないで。
しっかりと目を見て言葉を紡げば、レオンは一拍のち、はあっと再び深いため息を零した。
「だから、今そういうことを言うのは反則だと思うのだが……」
私は目元を赤くするレオンの手を取り、自分の頬に寄せると、もう一度彼に好きだと伝えた。




