彼女の意志
エドワードさんの弟さんの治療を行った後、私は一人馬車の中で自分のステータスを見ていた。
先程の魔法でどれくらいのMPを消費したのか知りたかったからだ。
セバスさんが御者をしてくれているので、こっそりと。
すると、その変化に目を見張ることとなった。
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和泉 瑠璃
癒しの聖女Lv.8
HP:510//1035
MP:1528//1652
魔法:聖属性魔法 Lv.MAX ・ 水属性魔法 Lv.37
風属性魔法 Lv.20 ・ 光属性魔法 Lv.20
火属性魔法 Lv.10 ・ 土属性魔法 Lv.10
闇属性魔法 Lv.5
スキル:鑑定 Lv.MAX ・ 癒しの子守り唄 Lv.8
料理 Lv.3 new
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なんか、いろいろレベルアップしてる…。
聖女としてのレベルかな?が、3から8に上がってるけど、普通のRPGだと、敵を倒さないとレベルって上がらないよね?
私がやってる事と言えば、野菜を育てる事と遊ぶ事、それに料理くらいだ。
それでどうやってレベルが上がったんだろう…。
料理、というスキルが増えるのは分かるけど。
あと、MPの減り具合から考えると、やっぱり解呪の魔法はなかなか消費が大きいようだ。
とは言っても、元々の値が大きいのでそこまで減った感じはしないけれど。
分からないこともあるけれど、まあこの世界にはこの世界のルールがあるのだろう。
そんなことを考えていたら、いつの間にかラピスラズリ邸に着いたらしく、セバスさんがドアの外から声を掛けてきたため、慌ててステータスを消した。
「ルリ様、お疲れ様でした。すっかり遅くなってしまいましたな。旦那様より、明日は午前中ゆっくりされるようにとの事です」
「そうですか…お気遣い、ありがとうございますと伝えて頂けますか?」
勿論です、とセバスさんは微笑み、部屋まで送ってくれた。
シャワーを済ませベッドに入ると、さすがに疲れていたようで、すぐに眠気に襲われる。
「今日は、色んな事があったなあ…。リーナちゃんとアリスちゃん、仲良くなれて、良かった…。あ、弟さん…レオンさんだっけ?早く、目が覚めると、いい…」
そこまで呟いて、私の意識は沈んだ。
あれから一週間が経ち、夜、リーナちゃんが寝た後、エレオノーラさん達の部屋によばれた。
何だろうと思って訪ねると、弟さん(本当はレオンハルトさんと言うらしい)が全快し、無事に職場復帰も果たしたとエドワードさんが教えてくれた。
良かったです、とホッとして伝える。
「どうやら、治してくれた魔術師を探しているみたいよ」
「え…」
「私の所にどこの誰だだの、お礼を言いたいから今は何処にいるのか教えろだの、しつこく聞いてくるんだ。なかなか諦めてくれなくてね」
「…いえ、このまま黙っていて下さい。別に、特別なことをしたわけではないんですから」
お礼を言いたいという気持ちは有り難いが、平穏を守るためには仕方がないのだ。
まあ、そのうち諦めてくれるだろう。
「そうか、気持ちが変わらないのなら仕方ない。あいつには悪いが、黙っているよ」
「すみません…。でも、元気になって良かった、という気持ちは本物なので」
「ああ、本当に助かった。有り難う」
にこりと笑顔を返して、その場を辞する。
「…ルリは、頑なねぇ」
「まあ、約束だからな。仕方ないさ」
ラピスラズリ侯爵夫妻は、どちらともなく瑠璃が出ていった扉を見つめた。
「それにしても、あの騎士団長殿がそんなに気にするなんて珍しいのではない?そう簡単に諦めるかしら?」
「そうだな、私もあいつのあんな姿は初めて見るよ。私があまりに話さないので、この屋敷に突撃するくらいはやるかもしれないね。それと、魘されている間も僅かに意識はあったのか、どうやら女性だったということは分かっているようだ」
ひょっとしたら?ひょっとするかもね、と夫婦は互いに頷き合いながら、事態を楽しむかのように微笑んだ。
しかし、思い出したかのようなエレオノーラの言葉で、空気は真剣なものへと変わる。
「話は変わるのだけれど、テオドールからの報告で、例のクッキーには体力回復の効果がついていたみたい。ああ、あと、型抜きの事も。素晴らしいアイディアだと絶賛していたわ」
「そうか…アルトじーさんからも、最近庭園の植物の病気が激減している、と聞いている。因みに、リーナが育てているという野菜だが、通常よりも育ちが良すぎるらしい」
リリアナへの影響。
目新しすぎる考えの数々。
レオンハルトの回復。
そして、聖女召喚と彼女が現れた時期が被ること。
「…まさか」
「私もそう思ったさ。国外から来たにしても、あまりにも私達の常識を越えた事をやっているからね。しかし、喚ばれて王宮に現れた聖女は、二人だ。それは間違いない」
「でも、もしそうだった場合、どうするつもり?」
「ルリの事は、この家の者達皆が好ましいと思っている。私も恩がある。君もそうだろう?…どちらにしろ、できるだけ彼女の意志に添うよう、善処するつもりだ」
「良かった、無事に治って」
自室の窓から見える、ぽっかりとした月を見ながらそう呟く。
「まあ、エドワードさんの弟さんだし、これから会うことはあるかもしれないけど、知らんぷりしないとね」
あの時、僅かだが手を握り返された。
大丈夫だとは思うが、確実に意識がなかったとは言い切れない。
ふと自分の胸元までかかった、もう見慣れた銀色の髪に目を向ける。
リーナちゃんといる時にいつも纏めているそれを、今は下ろしていた。
そう言えばあの夜も下ろしていたな、と思い出す。
「…念のため、いつ会うか分からないんだし、日中は纏めておこう。念には念を、よね」
聖女だと、知られたくはないから。




