薬草園
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「――――成程な。全く、あの方々は……」
「次から次へとよくそうも思い付くものだと、私も思う」
その頃、第二騎士団の団長室では、レオンハルトがウィルに成り行きを説明していた。
ため息をつくウィルに、レオンハルトも苦笑を零す。
「なぜああも必死になれるのだろうな」
「生きて、幸せになりたいと思っているからだと、ルリが以前言っていた」
レオンハルトは、ウィルと同じ疑問を瑠璃に聞いたことがあった。
あれこれと提案し、忙しそうにあちこちへと顔を出す彼女を見て、何気なく聞いたのだった。
きょとんとした顔をして答えた彼女の言葉。
『あのね、自分の行いって全部自分に返ってくるの。努力して、必死にやっている人には必ず何かしらが返ってくる。晴れてほしい大切な日に天気が良かったり、まだ取り返しのつくときにミスに気付いたり、そんなちょっとしたことかもしれない。でも、そういうのが積もっていくのって、結構大事なことだと思うんだよね』
元の世界での職場でもそうだったと言う。
それに、必死にやっている人のことを、周りの人間は必ず見ているとも。
『ただ漠然とそこにいるだけじゃ、幸せだなんて自分で思えないと思う。達成感とか、満足感とか、そういうのも生きるためには必要でしょ?』
からりと笑う瑠璃を見て、レオンハルトもそうだなと頷いた。
「……耳が痛いな」
「はは、お前もたまには必死になったらどうだ?黄の聖女様を庇った時のように」
胸を押さえるウィルに、レオンハルトは先程の書類を半分押し付ける。
手伝えと言っているのだと察し、ウィルはしぶしぶそれを受け取った。
「それにしても殿下方が案内とは……。あの方々は一筋縄ではいかないぞ」
「ルリのことだからな。あまり心配はしていない」
無自覚に人をたらし込む彼女のことだ、あのふたりにも懐かれてしまうのではないかと思いながら、レオンハルトは執務机に向かった。
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庭園を抜けてしばらく行くと、かなりしっかりとした造りの柵があって、かちゃりとアーサー君が鍵を開けてくれた。
「……こちらです」
おお、ちゃんと顔を見て話してくれた。
人見知りな子ってしばらく何も喋ってくれないこともあるから、こうして話してくれるのは嬉しいぞ。
「ありがとうございます。あ、入る前に、何か気をつけないといけないことはないですか?」
「?」
こてりと首を傾げるアーサー君、かわいいぞ。
「えーっと、触っちゃいけない物とか、入らないで欲しい所とか。無理を言って見せて頂いているので、なるべく気をつけたいなと思いまして」
「……そうですね、できれば触れる前に声を掛けて下さい。あとは、できるだけ目の届く範囲で見学して頂けると助かります」
おや?こうして話してみると、アーサー君てば年の割にはかなりしっかりした話し方をする。
性格は全然違うけど、ちょっとレイ君に似てるかも。
「分かりました」
返事をすれば、ぺこりとお辞儀をして中へと入れてくれた。
ヴァイオレットちゃんはといえば、そんな私達のやりとりをじっと見つめている。
どちらかと言うと、ヴァイオレットちゃんの方が警戒心が強そうだ。
まあ思春期に入る頃の子なんて、そんなものだろうけど。
「わあ……!」
そんなことを考えながら薬草園に入ると、そこには綺麗に整備された花壇が並んでいた。
様々な種類の草花が並んでいるが、よく見ればドクダミやヨモギなど、素人の私でも知っている薬草がある。
あとは……あ、スイセンもある。
あれ?でもこれって冬から春にかけて咲く花だよね?
今はかなり暑くなってきて夏らしい天候だけど?と不思議に思って見つめていると、アーサー君が側に来てくれた。
「魔法で、その薬草に合った環境を作っているんです」
なんと!アーサー君も私の考えを読む能力の持ち主だったのか。
的確に疑問に答えてくれて感動する。
「ルリ様は思っていることがすぐに顔に出ますからね」
ちょっとアル、そんなの分かってるから。
ポーカーフェイスなんて無理だって、そんなの本人が一番よく知っている。
「でも、気を付けて下さいね。ナーシサスは可憐な見た目ですが、毒がありますから」
ナーシサス?こちらではそういう名前なのね。
そういえば元の世界でもニラと間違えてスイセンの葉っぱを食べて死んじゃうニュースとかあったなぁ……。
子どもたちにもよく注意してたっけ。
「……驚かれないのですね」
ん?何が?と思ってアーサー君を見ると、口をぽかんと開けていた。
「驚くって、毒があることですか?別に変なことじゃないですよね。毒にも薬にもなる、なんて良くある話ですし。それにこの花に毒があることは、私達が元いた世界では一般常識と言っても良いくらい、有名な話ですし」
それよりもと、他の花壇も見回る。
あ、タンポポだ。
そういえば根っこを使ってタンポポコーヒーなんてのもあったよね。
おお、オオバコもある。
草相撲が有名だけど、薬草にもなるんだ。
そんな感じで見ていけば、探し求めていたものが目に映る。
「あ!これ!!」
ミントとローズマリーだ!
「あ、それは虫除けに使われるので栽培しているんですが……」
目を輝かせて花壇の前に座り込んだ私を見て、戸惑いがちにアーサー君が声を掛けてくる。
「これ、少しだけ分けて頂くことは出来ますか?ちょっと試したいことがありまして」
そんな様子もお構いなしにお願いすると、好きなだけどうぞと言ってくれた。
わーい!ミントティーなんて定番よね。
ローズマリーはお肉料理に使われるのが有名だけど、試しに作ってみよう。
ほくほくとお借りしたカゴにハーブを摘んで、そろそろ行きましょうかと薬草園を後にする。
「今日はわざわざありがとうございました」
「……いえ、私も弟も時間が空いていましたから」
「僕も、薬草のお話ができて良かったです」
ヴァイオレットちゃんはともかく、アーサー君は最初よりも警戒を解いてくれた気がする。
あ、そういえば。
「私がお世話になっている侯爵家の娘さんも、花とか植物が好きなんです。ふふ、アーサー殿下とは気が合うかもしれませんね」
アーサー君もガツガツいくタイプじゃないから、リーナちゃんと仲良くなれるかも。
「よろしければまた薬草のこと、教えて頂けますか?」
「はい、僕でよければ」
ではまた、と笑顔で挨拶を交わし、ふたりとはそこで別れた。
よーし、ハーブも手に入ったし、なにより今日は何も問題を起こしてない!
アルや陛下に叱られることもないはずだとほっとしながら隣を見ると、じーっと見つめられていた事に気付く。
「?どうかした?」
「いえ、流石だなと思いまして」
何が?との問いに、アルは答えてくれなかった。
?よく分からないけれど、さあハーブを使って実験だ!




