side*黄華4
そこから溢れるのは、禍々しい瘴気。
足がガタガタと震えそうになるのを、必死に耐えました。
気を紛らわそうと、光源を提供しましょうかと伝えて実際に魔法を唱えてみれば、その効率的な灯りに騎士さん達は喜びの声を上げてくれました。
こんな時、自分が認められているようで、とても嬉しくなります。
今までひとりで何でもやらなくてはと思っていましたが、頼り頼られる関係というものが、こんなにも心を満たしてくれるなんて、初めて知ったのです。
自分に出来ることは何か。
しっかりと顔を上げると、もう足の震えはない。
もう大丈夫、そう自分に活を入れて、私達は洞窟へと足を踏み入れました。
進むほどに、これ以上ないというくらいまで濃くなっていく瘴気。
早く何とかしなくてはと思った、その時。
双頭の魔犬が、おびただしい数の魔物を従えて現れた。
そこからのことは、正直あまり良く覚えていません。
オルトロスと呼ばれる魔物を鑑定したことや、第二と第三、ふたりの団長さんの補助をしながら戦ったことは覚えているのですが……。
それだけ、必死だったということでしょうか。
でも、あの時のことはよく覚えています。
紅緒ちゃんが、オルトロスに襲われそうになった時。
ゆっくり、世界がスローモーションしているように思えました。
危ないと思ったら、もう体は動いていました。
自分には価値がないとか、そんなことはもう考えていないつもりでしたが、それでも。
大切な、私の“ともだち”。
私のために、怒って、泣いてくれた。
この世界に来てからずっと一緒だった。
『危ない、紅緒ちゃん!!』
――――ああ、どうか。
オルトロスの鋭い歯が迫ってくる。
死を覚悟して瞑った瞼の奥には、満開の桜。
本当は、死にたくない。
無意識に呟いた言葉が、届いたのでしょうか。
鈍い音がしたのに、押しやられるような衝撃しか訪れなかったのが不思議で目を開くと、視界いっぱいに広がったのは、マントとウィルさんの背中。
そして、暗めの色が似合うなってずっと思っていた、彼の髪。
ぷつりと、糸が切れたような音が、しました。
胸にあるのは、哀しみと怒り。
血塗れになった彼を抱き締めて、正面の敵を見据える。
そして頭に浮かんだ言葉を叫び、魔法を放ちました。
練習の時とは違う感覚と魔力の流れ、そして強い想い。
その全てを込めた魔法は、オルトロスに致命傷を負わせました。
けれど、ウィルさんは――――。
残しておいたクッキー、口移しで与えたそれで、少しは命を繋ぐことができたでしょうが、このままでは……。
その時、はっと閃いた自分を褒めてやりたいです。
唯一、紅緒ちゃんだけが使える転移魔法。
そして誰よりも効力の高い、瑠璃さんの回復魔法。
『紅緒ちゃんしか出来ないんです!お願い、瑠璃さんを……!』
お願い、彼を助けて下さい……。
何よりも強く願ったその想いは、その後現れたふたりの聖女によって叶えられました。
そして、団長さんたちがオルトロスに止めを刺し、私達は三人で浄化を行いました。
その光景は、とても綺麗で。
天に昇っていく黒い塊が、解けるように崩れて、光に導かれていった。
紅緒ちゃんの転移魔法で、私達はウィルさんを連れて一足先に拠点地へと戻りました。
負傷者用の天幕でウィルさんに付き添っていましたが、一向に意識が戻りません。
瑠璃さんの魔法で体力は戻っているはずですが、怪我の衝撃と、ここ数日気を張り詰めていたせいもあるのでしょう。
目が覚めたら、どうしよう?
なぜって聞く?
どうしてって怒る?
それともありがとう?
『早く起きて下さい……』
貴方と、話したい。
目の下にできた薄っすらとしたクマを、そっと撫でた。
瑠璃さん達が戻って来て、私も少し休むように言われたので、ウィルさんの側を離れて、普段使っているテントに戻ろうとした。
すると、帰ってきたばかりのカルロスさんに出会う。
『お疲れ様でした。ご無事で良かったです』
その姿にほっとしてそう口にすれば、ただいまと返ってきました。
『オウカこそ。ずっと副団長に付き添ってたんだって?ダメだよ、自分もちゃんと休まないと』
そう言われてもそんなことできないかと、苦笑される。
『……まだ気を張ってるから気付いてないかもしれないけど、オウカも疲れてるんだからね?大の男でも尻込みするような場面で戦ってたんだからさ。ちゃんと休んで、それから副団長と話しなよ。疲れてるとさ、上手く話せなかったりするし』
相変わらずこの人はこういう時優しい。
確かにこのままだと、余計なことを考えて上手く話せないかもしれない。
『ルリと違って、オレのは大した効果ないけど、少しはマシでしょ。MPもちょっと回復したし……治療』
カルロスさんがそう唱えると、温かい風のようなものに包まれ、少しだけ体が軽くなった気がしました。
これが、彼の魔法。
『初めて体験しましたが、貴方の魔法はまるで優しく見守る風のようですね。過去に何があったかは知りませんが、貴方の本質に気付いている女性は少なくないと思いますよ。……特に、こうして貴方の魔法を経験した方は』
瑠璃さんが会ったというクリスティーンさんも、恐らくは。
『あまり女性を舐めてはいけませんよ。隠しているつもりでも、実は全てお見通しで、掌で転がされているだけかもしれませんよ?』
その言葉に、カルロスさんは笑顔で固まりました。
そんな彼の様子にくすりと笑うと、お礼を言うために口を開く。
ありがとうございますと伝えれば、彼は何なのさと項垂れた。
その真っ赤になった耳がかわいらしくて、また小さく笑ってしまいました。
その後、しばらく休んでウィルさんの天幕へと戻ると、瑠璃さんに会いました。
まだ目覚めてないようだと言われ、そっと中に入ろうとすると、ひとりごとのような声が聞こえました。
どうやら瑠璃さんの訪れている最中に意識が戻っていたようですね。
カルロスさんのおかげで、少しスッキリした頭でウィルさんと会話しますが、どうにも彼は居心地が悪そうです。
『……怒っていらっしゃるのですか』
こんなオドオドした態度、初めて見ました。
何を言っているのかと眉根を寄せましたが、相手は怪我人、我慢です。
――――と思っていたのですが。
あまりにも自分に無頓着な姿に、ついつい本音が出てしまいました。
馬鹿だと罵れば、ポカンとした顔をされてしまいましたね。
それでも私のイライラは止められず、夢に出てきた女性のことを思い出し、想像でしかない考えを伝えていく。
押し付けになってしまうような私の言葉でしたが、ウィルさんはちゃんと聞いてくれて、エリーさんとのことを思い出してくれたみたいでした。
『―――ええ、そういう女でしたね。もう一度生き返ってやり直してきなさいと蹴り飛ばされそうです』
ぱたりと零れた一滴が、とても綺麗だと思いました。
王宮に戻り、陛下への挨拶と報告を終えた私は、自室に戻りベッドに倒れ込むと、やっと体の力を抜くことができました。
そういえば紅緒ちゃんだけ陛下のところに残されたけれど、どうなったのかしら?
あのふたりが纏まるのも、時間の問題かしらと口元が緩む。
『明日は、お墓参りに行きましょうか』
場所は、カルロスさんなら知っていそうですね。
そう呟いて、私はそっと目を閉じた。
翌日。
リオとふたりでお墓参りをするはずだったのですが……。
まさかの瑠璃さんにカルロスさん、ルビー団長さんにベアトリスさん、そしてウィルさんという大所帯になってしまった。
まあ、賑やかなのも悪くないか。
そう思いながらそっとエリーさんのお墓に花を供えれば、ふわりと優しい風が吹く。
すっと顔を上げれば、そこには――――。
『エリー、さん……?』
嬉しそうに微笑む、夢の中の女性が一瞬、見えた気がした。
翌日、紅緒ちゃんに瑠璃さん、そしてリーナちゃんまで来てくれたお茶会では、リーナちゃんのかわいさに三人ともが心を射抜かれてしまいました。
……なぜだかウィルさんとの関係を怪しまれたのには、ちょっと、いやかなり動揺してしまいましたけれど。
お返しに陛下の話題を振れば、紅緒ちゃんと言い合いになる。
けれど、こんな日常が戻ってきたことが何だか嬉しくて。
ああ、まだ私はこれからたくさん、楽しいことや嬉しいことを見つけられるんだって、そう思いました。
この先の未来は分からないけれど。
この世界で、私が幸せになれるように。
精一杯生きていこう、そう思ったのです。
これで黄華さん視点、終わりです。
2日程お休み頂いて、また本編再開しようかなと思ってます。
ウィルとエリーのエピソードとかも書いてみたいけど……
早く本編始めた方が良いですよね^^;
次からは書籍に合わせたタイトルに変更になっているかと思います。
新タイトルになってもお楽しみ頂けたらと思います(*^^*)




