side*黄華3
道中、馬車は四人乗り。
私達三人と護衛騎士、そしてカルロスさんが交代で組み合わせを変えて、2台の馬車を使っていました。
ここでも彼は、普段と変わらない。
けれど、瑠璃さんとも話していた通り、この態度には何か理由があるのではと、思わず口にしてしまいました。
『それ、疲れません?』
彼、呆気にとられていましたね。
馬車の中でくらい、無理にそのキャラで話さなくても良いですよと重ねて伝えれば、頭をガシガシとかいて不本意そうにため息をついた。
『別に、無理してる訳じゃないよ。女の子が好きなのは本当だし、みんなかわいいと思ってる』
まあそれなら良いんですと伝えれば、沈黙が流れる。
『変なの』
そう聞こえたように思いましたが、彼を見てもそっぽを向いて掌で口元を覆っていたため、表情は分かりませんでした。
そして、私の隣でリオが難しい顔をしているのに気付きましたが、その理由も、私には分かりませんでした。
ある時の休憩時間、瑠璃さんがさり気なくカルロスさんとふたりになったのを見て、恐らく彼女も同じように確かめようとしてるのだろうと思いました。
まあ、それは良いとして。
……瑠璃さんの恋人、第二騎士団長さんから絶対零度の冷気が醸し出されているのが、非常に怖いのですが。
そんな冷え冷えした空気を割ったのは、紅緒ちゃん。
『あのふたり、ほっといて良いの?』
勇者ですね……。
自分の嫉妬心を認めつつ、瑠璃さんのために自制しようとする団長さんの姿は、とても好感が持てました。
それに、そんな風に愛されている瑠璃さんが羨ましくて。
『……別に、良いと思いますよ』
冷徹だと噂されている青銀の騎士様をここまで取り乱させる、その恋心。
いつか、私もそうやって心乱される男に出会うのでしょうか。
団長さんと瑠璃さん、どうか幸せになってほしい。
そう願いを込めて、これからも瑠璃さんをよろしくお願いしますねと微笑んだ。
そして、遂に目的地の街へと到着する。
確かに表に出ている人は少なかったけれど、思っていたほど町が荒れていたりはしていませんでした。
どうやら、第三のみなさんのおかげのようですね。
確かに彼ら、魔法が使えなくてもすごくお強いですから。
それから、一息つく間もなく森へ偵察にと出かける。
と言ってもほとんど魔物は出てこなかったですし、明日拠点とする場所を確認しただけで、数時間で戻ることができました。
何を作って待っていてくれるのか。
騎士さん達が楽しみにする様子を見て、紅緒ちゃんと微笑み合う。
そうして町に戻れば、瑠璃さんは温かい笑顔で出迎えてくれて、もちろん料理もとても美味しかったです。
町の人達も巻き込んで、和気あいあいと食事をしていると、遠征に来たことなんて忘れそうで。
この一瞬だけは緊張を解いても良いのかなと、肩の力を抜く。
明日からは、油断など絶対にしてはいけないのだから。
震える手を、ぎゅっと握り込んだ。
翌日。
昨日予定していた拠点地には、特に問題もなく到着することができた。
そこで、一度食事をと休憩に入る。
ふと見ると、瑠璃さんと団長さんが仲良く隣り合って食事をとっていました。
ふたりだけになると、どんな会話をするのだろう。
そう思って、何気なく近付いただけなのに。
聞いてしまったのは、ウィルさんの意外な過去。
彼の態度に、ようやく合点がいきました。
ああ、彼は大切な人を失くして、未だその哀しみに囚われているのだと。
我儘王子のお守り役、ウィルさんに断れと言われても、仕事だからと引き受けたエリーさん。
恐らく、先日の『同じことを言うんですね』は、これだ。
そして私達がエリーさんと同じように、国に強要されて傷ついてほしくないと思っているのでしょう。
ひょっとして私達が聖女として生きようとし始めた時から、態度が変わったのも……?
考え過ぎでしょうか。
それはともかく、さてこれからどうしましょうか?
ウィルさんの事情を聞いてしまったものの、特別私が何か働きかけることはしませんでした。
その余裕はない、と言ったほうが良いかもしれません。
同じ隊に配属されたので、様子を窺うくらいはしましたけどね。
別段彼に変わりはありませんでしたし、連日魔物と対峙して、正直精神的に疲れるのです。
体は瑠璃さんの料理のおかげで、毎朝ほぼ全回復の状態ですが、こればかりは仕方ありません。
ただ、意外にもウィルさんが何かとサポートしてくれるので、助かっていました。
無駄のない戦い方は、余計な体力と魔力を使わずに済みますし、魔物の強さを見て、下がっていてくれれば良いと休息もくれる。
随分慣れてきたとは言え、魔物の死骸もなかなかにグロテスクですしね。
やると決めたからには逃げたりしませんが、現代日本を生きてきた私達にはなかなかに辛いものがあるのですよ。
魔物と言えば、瑠璃さんの調理した魔物料理は意外にも抵抗なく頂けましたね。
ああして普通の料理として出されれば、大丈夫でした。
食料が少なくなっているのに我儘を言うのも申し訳ないですから、食べられて良かったです。
それに、回復効果の増減の話は、とても興味深いものでした。
やはり瑠璃さんはすごいですねと感嘆したものです。
ただ、気になるのは順調すぎる進行具合。
紅緒ちゃんに油断は禁物だと伝えながら、自分にもそう言い聞かせた。
その二日後。
団長さんからの呼び出しを受けて合流してみれば、その一帯からは恐ろしい程の瘴気を感じました。
間違いなくこの先に原因がある、との皆の判断に、私と紅緒ちゃんを連れて行くか否かの相談が始まる。
行かせてくださいと申し出れば、苦い顔をされながらも了承された。
ウィルさんも顔を顰めていましたが、心配してくれているのでしょう。
私達の護衛を増やすことにリオが躊躇い、一悶着ありましたが、何とか説得して前に進みました。
どんどん数の増える魔物達。
やはりここで間違いない、と前へ前へと進んでいく。
群れと対峙した時はかなり疲弊しましたが、念の為にと瑠璃さんが持たせてくれたクッキーで、ある程度は回復することができました。
こうした気遣いが瑠璃さんは素晴らしいですね。
ただ、言いようのない不安が私の胸にずっと残っていて、それこそ念の為にと、クッキーはひとつだけ頂いて他は取っておくことにしました。
この先、何が起こるか分かりませんからね。
その不安はますます増していき、不気味なくらい静かになった森を、私達は進んでいきました。
光属性持ちは、悪しきものが分かる。
ならば、自分が一番危険を察知できるはずだと、自然と肩に力が入りました。
しかし、そんな私に気付いて、ウィルさんやカルロスさん、リオが優しい言葉をくれる。
ひとりじゃないと。
瑠璃さんや紅緒ちゃんと同じ言葉を。
胸がじんわりと温かくなったのに、落ち着かない気持ちにもなりました。
その上からかうような紅緒ちゃんの一言。
ガチガチだった緊張を少しだけ緩めると、それに気付いたのです。
今まで感じた中で一番の濃い瘴気の先には、洞窟がありました。




