side*黄華2
それから一ヶ月程は、驚くぐらい平和で、私の心も穏やかでした。
まあ第三騎士団長さんがなにかと絡んでくるのに呆れはしましたが、そういうお客さんも多かったですからね、上手くあしらっていたと思います。
私の異変に気付いてくれていたらしいウィルさんは、至っていつも通りでした。
一度、お元気そうですねと声はかけられたが、それだけ。
相変わらずの毒舌だって浴びせられました。
でも、今更気付いたのですが、彼も時々暗い目をしている時がある。
普段使わないようにしている“視る”力。
彼を視てみようかとも思ったのですが、それは憚られました。
彼にも、触れられたくない何かがあるのかもしれません。
もし、何かが視えたとして、瑠璃さん達のように彼を救うことが、自分に出来るのでしょうか。
その迷いが、私を躊躇わせていました。
「黄華さん?」
「あ、ごめんなさい紅緒ちゃん」
紅緒ちゃんと昼食をとっていたのだと思い出し、慌ててそう答える。
「大丈夫?この前も倒れたんだし、あんまり無理しちゃ駄目よ」
「大丈夫、少し考えごとをしていただけですから。――――ん、瑠璃さんの差し入れてくれたこのジャム、相変わらず美味しいですね」
手元には、瑠璃さんが考えたというバンレイシのジャム。
そういえば試作品と言って持って来てくれた時、口が滑ってしまったことがありました。
旅行好きのお客様に、お土産だともらって食べたことがあり、それをつい話してしまいそうになったんです。
懐かしく思ってもう一口頬張ると、やはり甘い。
もうそのお客様に会うことはないでしょうが、元の世界でのことをこうして懐かしく思えるのは、今私の心が穏やかだからで。
やはりウィルさんのことが気がかりになったのです。
訓練や講義の合間の、三人でのお茶会。
私達の癒やしのひと時となったこの時間に、紅緒ちゃんが新しい提案をしてきました。
瑠璃さんの範囲回復魔法。
確かに、あるととても便利だと思いました。
まだ日帰りでの討伐にしか出ていませんし、そこまで強い魔物と戦ってはいませんが、この世界、回復手段が少なくて不便に思っていたのです。
水属性での回復魔法を使える騎士さんや魔術師さんはすごく重宝されていて、彼ら無しでは討伐になど行けません。
ちなみに私は水魔法のレベルが低すぎて回復魔法が使えませんし、紅緒ちゃんも攻撃魔法に特化しているので同じく。
となると、瑠璃さんの存在はかなり貴重。
教育改革のこともあり、前線に出ることは基本しないと陛下と約束したとは言え、拠点地でもしもに備えられるのは有り難いことです。
それにしても紅緒ちゃんの発想は本当に素晴らしいですね。
イメージが重要だという魔法、様々なゲームの映像を見てきた紅緒ちゃんは、新しい魔法をどんどん開発している。
ゲームの知識だからと本人は謙遜していますが、知識も宝。
多種多様な攻撃魔法は、かなり魔術師さん達に影響を与えているのですから。
ならばと、私にも出来そうな魔法がないかと聞いてみました。
出てきたのは、攻撃力と防御力の上昇、それに光線による攻撃魔法。
『へえ。まあ、色々考えてやってみます』
せっかく教えてもらったのだから、自分で色々イメージして、特訓してみようと思ったのです。
なぜか瑠璃さんの顔が引き攣ったような気がしますが……。
大丈夫ですよ?ちゃんと考えて使いますから。
それからしばらく経った、ある日。
私達三人は第三騎士団の訓練に参加していました。
瑠璃さんと何気なく話していたのですが、話題がカルロスさんのことに変わると、あの日を思い出して少し気恥ずかしくなってしまいました。
努めて平静を装い会話を交わすと、回復効果付き料理の検証会での話になりました。
妊婦さんの体を気遣っての差し入れだったのでは、とその時思ったことを話せば、瑠璃さんからも、そうだったみたいですねと返ってきました。
やはりと思いはするものの、彼のあの態度の理由にはお互い見当が付かず、首を捻るだけになってしまいました。
ですが、あの日の彼の言葉。
きっと、女たらしという訳ではない、何か理由があるのだと思いました。
と、そんな時。
『どうか、陛下の執務室までお願い致します』
カイン陛下から、緊急の呼び出しがかかる。
内容は、魔物の大量発生が辺境の地で起きたということでした。
そこで、私達三人にも討伐隊に加わってほしいと要請を受けたのです。
出発は、翌日の昼前。
三人で顔を見合わせ頷いたものの、嫌な予感がしました。
そして、油断だけはしないでおこう、そう決意したのです。
翌日。
紅緒ちゃんと一緒に門の前まで行く途中、魔術師団長さんとカルロスさんに出会いました。
魔術師団長さんは流石に留守番だが、彼は一緒に行くとのこと。
確かに聖属性魔法の遣い手は回復魔法が得意なので、選ばれて当然です。
あの日以来、何かと絡んでは来ますが別段変わりはないので、やはりあれは冗談だったのだろうと思うことにして、気にしないでおこう。
そんなことを考えながら門の前へとたどり着くと、タイミングよく瑠璃さんも着いたところでした。
みんなでわいわいと話していると、ウィルさんが姿を現しました。
『……今更ですが、本当に行かれるのですか?』
本当に今更ですね。
渋面に心の中で答えると、彼は怪我をしないよう気を付けて下さいと言い残し、確認作業へと戻って行きました。
その目が、また悲痛な色をしている気がして。
一瞬考えたものの、彼の後を追うことにしました。
そして、追いついた彼に、意を決して力を使ってみる。
視えたのは、哀しみのオーラ。
やはり、とウィルさんを見つめる。
一見何でもない風でしたが、顔が曇っていました。
そして、その理由を聞けば、珍しく本音だろう言葉を聞くことができました。
それも、私達を気遣うような。
そのことに驚きつつも、それならば私もはぐらかさずに話をしようと思いました。
『同じことを、言うんですね』
僅かな沈黙の後、さらに哀しみの色を濃くして、ウィルさんがそう応えた。
誰と?
その問いに答えることなく、彼は今度こそその場から立ち去っていった――――。




