癒しの力
本日2話目の投稿です
「私の、すぐ下の弟だ」
「これは…」
一刻を争う、と言われて連れて来られたのは、弟さんが住んでいるという、立派な寮のような建物の一室だった。
綺麗に整頓され、程よく物が置かれたシンプルな部屋だった。
しかし、足を踏み入れた途端に嫌な空気に包まれ、思わず顔を顰めた。
ベットに横たわる男性は、顔色が悪く、窶れていた。
意識が無いようだったが、息が荒く魘され、眠っているとは言い難い。
「彼は…どう、されたんですか?」
「分からない。どうやら、魔物との戦いで負傷して以来、夢見が悪くろくに眠れていなかったらしい。傷自体はすでにほぼ完治しているようだが…」
そう言って服をずらして左肩を見せてくれたが、確かに傷はもううっすらとした物しかなかった。
「ルリ、無茶を承知で頼む。貴女の子守唄には何か不思議な力があるのではと、屋敷の者達が言っていた。気休めでも何でもいい、弟のために、歌ってくれないか?効果がなければそれでいい。私達には、もう何をしてやれば良いのか分からないんだ…」
エドワードさんはそう言うと、弟さんの手を握って俯いた。
自分に何が出来るのか、分からない。
でも、私のステータスには"癒しの聖女"という称号が書かれていた。
ひょっとしたら…と思う。
しかし、これは秘密にしておきたい話だ。
それを考えると、断るのも一つだ。
でも…
『目の前に、困っている人や、苦しんでいる人がいたら、どうする?』
『うーん、だいじょうぶ?ってきく!』
『どうしたの?っていう!』
『たすけてあげる!』
『そうね。もし、自分に出来ることがあるのなら、やってあげたいね。みんなも、できる?』
『はーい!るりせんせー!!』
私は、子ども達に誇れる私でいたい。
「…色々やってみたいので、しばらく部屋を出ていて頂けますか?」
「ルリ、力を貸してくれるのか?」
「私に、何が出来るかは分かりません。でも、だからって見て見ぬふりはできません。やれるだけ、やってみます」
「ああ…!それで十分だ!!」
私の両手を力強く握ってありがとう、と繰り返すと、エドワードさんは部屋を出ていってくれた。
たった数週間前に会った、何が出来るか分からない人間と、大事な弟さんを二人っきりにして。
それだけ、私を信用しているという事だろう。
今は、それが嬉しい。
「鑑定」
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レオンハルト=ラピスラズリ
第二騎士団団長
青銀の騎士 Lv.42
HP:120//5560
MP:352//826
状態:キメラの呪い
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キメラの呪い…きっと、これだ。
"キメラの呪い"をそっとタップしてみると、さらに詳しい情報が開示された。
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*キメラの呪い*
魔物"キメラ"が殺される際、
対象者を恨んで施すもの。
悪夢を見せ、少しずつ
心身を弱らせる。
聖属性上級魔法により解呪可能。
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聖属性上級魔法…
何だろう、それ。
でも、私の聖属性魔法レベルはMAXとなっていたのだから、出来るはずだ。
やれるだけ、やってみよう。
「えーっと、とりあえず手を握って、魔力を流し込むイメージで…」
そっと手を取る。
ゴツゴツして、大きな手だ。
今は少し、冷たい。
「はやく、治りますように…。お兄さんが、心配していますよ」
祈るように目を閉じ、きゅっと両手で手を握る。
すると、頭に言葉が浮かぶ。
「ディスペル」
唱えた瞬間、体から少し多めの力が抜けたような感覚がして目を空けると、キラキラと銀色の粒が降っていた。
「きれい…」
その粒は例の左肩に集まり、やがて静かに消えた。
すると、魘されていた声は少しずつ収まり、息も落ち着いてきた。
「きっと、これで大丈夫、だよね?」
念のため鑑定で確かめたが、呪いの文字は消えていた。
「でも、体力は戻ってないから、ちゃんと休まないとね。あ、そうだ」
歌ってやってくれ、とエドワードさんに言われた事を思い出す。
やっと眉間の皺が取れた顔を見て、ああ、本当はとても整った顔をしているのだと思った。
青みのかった銀色の髪、きっとマーサさんの言っていた、私に似た髪色の弟さんだと思い至る。
温かい夢を見てほしいと願う。
語りかけるように、リーナちゃんに歌っていたものとは違う歌を口にすると、自然と歌に魔力が乗るのが分かった。
どうか。
彼に、優しい眠りを。
その時。
両手で握っていた手が、少しだけ握り返されたような、気がした。
「…もう、大丈夫だと思いますよ」
起こさないように、そっと扉を閉めてからエドワードさんに向き直る。
「本当か!?歌声が微かに聞こえたが…」
「あ、はい。ええと、とりあえず歌ってみたら、少しずつ眠りが穏やかになってきたんです。今はよく眠っているので、そっとしておいてあげると良いのかと」
「ああ!ルリ、ありがとう!!感謝してもしきれないよ。弟にも、目を覚ましたら必ずお礼に行かせる!」
あ、それはちょっと。
大事にはしたくない。
「いや、私はただ歌っただけなので。ただの偶然かもしれませんし。あと、その…出来れば、私の事は誰にも言わないで頂けると…彼にも」
ちらりと弟さんが眠っている部屋を見る。
「…ああ、成る程。君は国外から来たのだったね」
私の表情を見て、察してくれたようだ。
「分かった、他言はしない。レオン…弟は知りたがると思うがね。レオンや他の者には何だかんだと誤魔化しておくよ。しかし、エレオノーラだけには、構わないか?やはり、妻に隠し事は、ね」
ポリポリと頬を掻く仕草に、この世界も女性は強いのだなと苦笑を返す。
「ありがとうございます。そうですよね…それなら、エレオノーラさんだけ、ということでお願いします。では、私はこれで…」
「ああ、私はもうしばらく弟についているよ。馬車に残っているセバスには伝えてあるから、先に帰っていてくれ」
ありがとうございます、と会釈をして玄関へと向かった。
瑠璃を見送った後、エドワードは静かにレオンハルトの部屋へと足を踏み入れた。
ベッドからは、もう呻き声はしない。
聞こえるのは、安らかな寝息だけだ。
安心しきった様子で眠る弟が、少しだけ幼く見えた。
「ああ、もう大丈夫だな。しかしこれは…もしや聖属性魔法、なのか?」
瑠璃の姿を思い浮かべて、エドワードは呟いた。




