side*黄華1
世界の色が変わったのは、異世界で倒れた、あの日から。
元の世界での辛かったことは、忘れようと思っていましたし、実際に少しずつこちらの世界に慣れることで薄れていました。
もう忘れていいよねって、そう思っていたんです。
それなのに、神様はそれを許してくれなかった。
『お前さえ、いなければ……!』
『貴女が、親父を唆したんだろう!?』
……こちらに来たばかりの頃は、何度か夢に見ていました。
ここしばらく、そうですね、瑠璃さんに会ったぐらいからは一度も見ていませんでしたから、気が抜けていたのかもしれません。
けれど、瑠璃さんと紅緒ちゃんの、躊躇いなく前へと進もうとする姿を見ると、どうしても自分と比べてしまう。
私は、本当に必要なのだろうか?
彼女達は、それぞれにその力を伸ばし、実際に国の役にも立っています。
心通わせる男性もいる。
……まあ紅緒ちゃんは発展途上中のようですが。
ですが、私はこれといって真剣に打ち込むものがあるわけでもなければ、大切な人だっていない。
女神様に私の力も必要だと言ってもらえて、嬉しかったです。
でも、それでも。
『それよりもリオ、いざという時には、私よりも瑠璃さんと紅緖ちゃんを守りなさい』
あのふたりを、失ってはいけない。
『私とは価値が違う』
私は、いなくなっても誰も困らないのだから。
自分なんてと口では言いながら、それでも居場所を求めている、その自覚はありました。
だから、少し無理をしていたのかもしれません。
体調が優れないことは分かっていましたが、そういつまでも休んでいる訳にはいかないと、訓練にも参加して、結局倒れてしまいました。
深い、深い暗闇の中で、もういいかと諦めそうになった時、優しくて温かい何かに包まれた気がしました。
それが心地良くて、しばらく微睡んでいると、紅緒ちゃんの声が遠くから聞こえました。
『――――黃華さんって召喚された時、喪服、だったのよね』
『え……?』
そして戸惑うような瑠璃さんの気配に、覚醒する。
目が覚めて最初に見たのは、心配そうに私を覗き込む、ふたりの姿。
実際心配したのだと言われれば、驚いて呆気にとられてしまいました。
こんな自分を心配してくれる人なんて、今までは両親と秀和さんくらいでした。
それなのに、当然だと目の前のふたりは口にする。
だから、少しだけ。
話してみたいと思ったんです。
ふたりなら、聞いてくれるかもしれない。
こんなどうしようもない私の、昔話を。
努めて冷静に語れば、ふたりは涙を流して、“ひとりじゃない”と言ってくれました。
瑠璃さんの優しい言葉と、紅緒ちゃんの素直じゃないけど温かい気持ちが、ゆっくりと私の心を溶かしていく。
そして提案されたパジャマパーティー。
当然のようにそんなことをやった経験のない私は、戸惑いながらも頷かされる。
なぜいきなりと思わなくもなかったが、まあそれも悪くないかと思えました。
彼女達もまた、この異世界で様々なことを乗り越えてここに立っている。
今まで避けてきた元の世界での話をする、いい機会かもしれませんね。
準備をしてくるから、休んでいてくれとふたりが退出すれば、また室内がしんと静かになる。
でも、不思議と寂しい気持ちにはなりませんでした。
またすぐに来てくれる、そう信じられたからかもしれません。
そして先程の言葉を思い出すと、自然と笑みが零れました。
そんな自分に驚くと、再びドアが開きました。
そこに立っていたのは、カルロスさん。
どうして貴方がここにと言う前に、彼は私が慕われるのも当然だと言ってきた。
そして、甘えれば良いのだと。
自分のために泣いてくれる人を大切にしろと言って、最後は冗談を交え、彼は部屋を出て行った。
……冗談だと分かっているのに顔が赤くなってしまったのは、なぜでしょう。
お店で働いていた時には良くあったことなのに、変ですね。
誰にも見られていないと分かっているのに、恥ずかしくなって布団を被ってしまいました。
その夜のパジャマパーティーは、とても楽しかったです。
私の昔話を聞いて、怒って泣いてくれた紅緒ちゃん。
所々それにフォローを入れながら、私を気遣う様子の瑠璃さん。
そんなふたりを見ていたら、何だかおかしくなってきてしまいました。
そして、ふたりを待っている間に見ていた夢。
あれは、事実なんじゃないかなと思わせてくれました。
自分ひとりが苦しんでいたのではなかった。
人はそんなに強くない。
誰かのせいにしてしまうことも、取り返しのつかない時になってから後悔することもある。
瑠璃さんの言うように、子どもだったら、大人が言葉を足してくれるから、こうはならないのかもしれません。
大人だからこその、過ち。
『それに気付いたなら、やり直せばいいじゃないですか。この世界で、幸せになれるように』
そう、そうですね。
私だって、本当はずっと幸せになりたいと思ってた。
それを言葉にした時、私はそれまで抑えつけていた感情を堪えることができず、数年ぶりの涙を流した――――。
翌日。
見せたいものがあると言う瑠璃さんに、紅緒ちゃんが陛下の許可を取ってきてくれました。
……まあ、もぎ取ってきたという表現の方が正しい気もしますが。
そしてなんと転移魔法まで修得していたというのだから、驚きです。
初めての体験に少しドキドキしましたが、意外と変な感覚などはなく、目を開いたら場所が変わっていたというだけでした。
転移した先は、瑠璃さんが発案して作られた公園。
遊具や砂場があって、楽しそうに笑う親子の姿は、元の世界と似ていて、馴染みのある光景に懐かしさを覚えました。
でも、どうしてここに?
不思議に思っていると、瑠璃さんがあれを見て下さいと、指をさした。
その示す先に視線をやれば、そこには。
『あれは……』
桜の、若木。
ここは西洋風の世界だから、もう二度と目にすることはないだろうと思っていました。
けれど、私にとっては大切な思い出の木。
小さくて、ほとんど花は落ちてしまっていましたが、それは間違いなく桜。
こちらではオウカと呼ばれているんだと教えてくれた瑠璃さんの声は、とても優しくて。
数年後、数十年後に満開に咲く桜を、友達だと言ってくれたふたりと一緒に。
そして、秀和さんが言ってくれたように、いつか大切な人ができたら、その人とも一緒に。
それを楽しみにしながら生きるのも悪くないなと思ったら、また一滴の涙が零れてしまいました。
私も、この桜が大きくなるように、この世界で生きて、幸せになる努力をしよう。
いつか大切な人達と、満開の桜の下で笑い合うその日が訪れるように。




