日常と変化、そして前を向く
王都に帰って来てから二日後。
今日は紅緒ちゃん、黄華さんといつものようにお茶会、と言うかお疲れ様会をするために、王宮に来ていた。
でも、ひとつだけいつもと違うことがある。
それは。
「ベニオちゃん、オウカさん、こんにちは!」
そう、リーナちゃんも一緒なのだ。
料理の回復効果の実験の際、ふたりとも仲良くなったリーナちゃんが、ぜひ会いたいと言うので、レオンが陛下に許可を取ってくれた。
相変わらず陛下は意外と優しい。
そしてリーナちゃんの手には、甘い香りの漂うバスケットが握られている。
これには、パパとママからも許可が下りたリーナちゃんが、ふたりにお菓子をプレゼントしたいと言って、私やマリアと一緒に作ったものが入っている。
中身はハチミツのパウンドケーキ。
ほんのり甘くて、子どもにも優しい味になっている。
「わざわざありがとうございます。リーナちゃんも、また会えて嬉しいです」
「こんにちは。あれ、お土産?嬉しいわ!」
にこにこと挨拶するリーナちゃんに、三人でほんわかした気持ちになったところで、お茶会は始まった。
侍女さんにお茶を淹れてもらい、持って来たケーキも早速カットしてもらう。
「それにしても、何とか無事に帰って来れて、本当に良かったですね」
お茶を一口飲んでほっと息をつくと、日常が戻って来たなぁって思う。
「ほんとだよ!さんにんとも、けがしないでかえってこれて、よかった。おかえりなさい!」
すると、私の言葉に同意するように、リーナちゃんがそう声を上げた。
優しい微笑みが、私のハートに突き刺さる。
「ちょ、こんな天使すぎるお嬢様、反則だわ」
「まだ婚約者はお決まりじゃないんですよね?これは厳密な査定が必要ですわね」
訂正。
紅緒ちゃんと黄華さんのハートも、もれなく撃ち抜かれていたようだ。
ありがとうねと、ふたりがリーナちゃんの頭をなでなでしている。
うーん、リーナちゃんたら着々とファンを増やしているなぁ。
まあかわいいんだから仕方ない。
そう思いながらハチミツのケーキを一口頬張る。
うん、優しい甘さで、まるでリーナちゃんみたいだ。
そんなことを思いながら二口目をもぐもぐしていると、紅緒ちゃんが爆弾を投下した。
「ところで黄華さん、あの毒舌副団長とはどうなってるの?」
ぶっ。
「っ、な、なな何ですかいきなり!」
げほげほと黄華さんがむせた。
慌ててソーサーに置いたカップが、ガシャンと音を立てる。
「え、だって何かあったんでしょ?ふたりの間の空気?何となく変わったもんね」
一方紅緒ちゃんは、しれっとそう答えてケーキを頬張っている。
おお、鋭い。
これはお墓参りでのことを言ったら、かなり盛り上がりそうだ。
いやいや、駄目だ。
レオンと話をして、お節介はしないと決めたしここは黙ってそっとしておいた方が――――。
「それに人命救助のためとは言え、キスまでした仲だし?」
「ちょっと何それ!?紅緒ちゃん、詳しく!!」
前言撤回、こりゃ聞かずにはいられない。
「そ、そそそれは関係ないですよね!?」
「えー、でも黄華さん躊躇いなかったし?それに、副団長だってそうまでして助けようとしてくれた女性のこと、普通は気になるものじゃない」
「それを言うなら紅緒ちゃんだって!知ってるんですからね!?帰ってきた後すぐカイン陛下の部屋に呼ばれたこと!」
「ちょっと待って、紅緒ちゃんも詳しく!!」
そんな感じでわーわー言い合っている私達のことを、リーナちゃんがポカンとした顔で眺めていた。
はっ、いけない。
小さい子の前だったと、我に返る。
ごめんねと謝れば、リーナちゃんはううんと首を振ってくれた。
「オウカさん、げんきになっててびっくりしただけ。やっぱり、るりせんせいはすごいね」
にこっとリーナちゃんが笑う。
天使か。
「それに、れおんおじさまのところによったときも。えーっと、うぃるさん?もう、かなしいってかおじゃなくなってた!」
そうか、ウィルさんも本当に心の整理ができたのかもしれない。
ここに来る前、一緒に来たレオンを送りに第二騎士団を訪れた際、ウィルさんにも挨拶をした。
差し入れにと渡したハチミツケーキも、穏やかな笑顔で受け取ってくれた。
リーナちゃん、ふたりの心の傷のことを察して、すごく心配していたから、やっぱり今日一緒に来ることができて良かった。
「うん、元気になって良かった。でも、私のおかげじゃなくて、ふたりとも、自分達が頑張ったんだよ?」
きっとこれから、ふたりは前を向いて歩いて行く。
その先の道が交わるかは分からないけれど、幸せになれると良いなと思う。
もちろん、紅緒ちゃんもね。
未だに赤い顔で言い合う紅緒ちゃんと黄華さんを見つめて、リーナちゃんとふたり、微笑み合いながらケーキを口にする。
うん、美味しい。
これぞ日常、やっぱり平穏って良いわね。
「ふたりとも、ケーキなくなっちゃうよ?」
初夏の爽やかな日差しと風が、部屋に差し込んだ。
******
「今日も賑やかですね、楽しそうだ」
「会話の内容は気に入らないけどね」
リオの顰めっ面に、アルフレッドは苦笑する。
アルバートは特別それに何も反応しない。
「あ、ねえねえここにオウカいる?」
そこへ、いつもの軽い調子でカルロスがやって来た。
何の用だと、眉間に皺を寄せたリオの代わりに、おりますよとアルフレッドが返事をした。
「良かった。中、入れてくれる?ルリとベニオもいるんでしょ?オレ、色々聞きたいんだよね。魔法のこととか、あと、純粋にオウカには興味あるし」
「はあ!?」
たまらずリオが叫ぶと、そこへイーサンも姿を現す。
「おーお疲れさん。中に聖女サマ、いるんだろ?俺も入れてくれ。特にあんだけキレッキレの支援魔法かましてくれた、キイロの聖女サマには興味あるからな!ちょっと話をするくらい、良いだろ?」
ニヤリと笑うイーサンに、アンタもかよ!とまたリオが叫んだ。
ギャーギャー言って追い払おうとしているが、狡猾な狐と狸につっかかる仔犬のようにしか見えない。
「……やかましい」
はあ、とため息をつくアルバートに、アルフレッドも苦笑を零す。
「はは、リオだけかと思えばこれは……。どうやらアクアマリン副団長、敵が多そうですね」
そして、さて義理姉との約束を守るかどうか、悩みどころですねと少し楽しげに笑うのだった。
同時刻。
「支援魔法の連続詠唱に強力な光の攻撃魔法、それに瀕死の者を回復させ、広範囲の者を一度に回復させる治療、か」
誰もいない部屋で、報告書に目を通した男がそう呟く。
「なかなか面白いことが書いてあるじゃないか」
そう言って報告書をぱさりと机に放り、笑みを深めた――――。
ということで、第四章終わりです。
予想してはいましたが、主人公の影が薄くなりましたね、特に後半^^;
この後黄華さん目線で何話か書こうかなと思ってます。
この先の黄華さんの恋愛模様は、また五章でちらほら出てくる……かも?です。




