天
陛下へ帰還の挨拶も終わり、私は王宮の外れにある高台へと向かっていた。
アルに案内を頼んで、お天気も良いのでふたり並んで歩いている。
手にはラピスラズリ邸の庭園で摘んできた花束。
アルトおじいちゃんに手伝ってもらって長さを綺麗に整えたものを、マリアに包んでもらった。
白い百合の花。
こちらでは、ホワイトリリーって言うんだっけ。
そう言えば、この世界に来て初めて鑑定したのもこれだった。
エリーさんも好きだったとアルから聞いて、これにして良かったと思う。
そう、私達がここに来た目的は……。
「わぁ!見晴らしの良いところだね」
「異母姉が、好きだった場所です」
エリーさんの、お墓参り。
あまり人の手が入っておらず、初夏の爽やかな空気と風が、とても気持ち良い場所だ。
王宮と王都の街が一望できて、自然がいっぱいで……。
「義母が、ここに墓を建ててあげてほしいと言ったんです。ここから見る風景が、好きだったからと」
ひょっとしたらエリーさんは、今でもここからこの国を見守っているのかもしれない。
そっと花束を置いてしゃがみ込み、手を合わせる。
うしろに立っているから表情は分からないけれど、アルもきっと手を合わせているのだろう。
静かな時間だけが、過ぎていく。
どれくらいそうしていたかは分からないが、そろそろ行きましょうかとアルに声をかけられ、立ち上がる。
すると、誰かの足音と話し声が近付いてきた。
誰だろうと振り向くと、そこには。
「黄華さん、リオ君。……と、ウィルさん?」
「え、瑠璃さん!?」
珍しい組み合わせに驚いていると、黄華さんがぎょっとする。
リオ君はなぜか見たことがないくらい不機嫌そうな顔をしている。
ウィルさんはと言うと、こちらは別段いつもと変わらない。
そして黄華さんとウィルさんの手の中には――――ホワイトリリーの花束。
「ちっ、違うんです!別に一緒に来たわけじゃなくて、ついさっきそこでお会いしただけで……」
「ええ、そうなんです!アクアマリン副団長はたまたま、たまたま一緒になっただけで!ねっ、オウカ様!」
必死な様子の黄華さんとリオ君に、ははぁさては……と3人の顔を見回す。
聖女様を恋い慕う護衛。
片や命を懸けて聖女様を救った騎士。
複雑な三角関係?
そんな言葉が私の脳裏を掠めた時。
「ちょっと、馬鹿兄!ひとりでズンズン行かないでよね!」
「元騎士のくせに歩みが遅いぞ。料理人になって体がなまったんじゃないか?」
なんと、ベアトリスさんにイーサンさんだ。
こちらも意外な組み合わせ。
しかも。
「ちょーっと!オレを置いて行かないで下さいよふたりとも!」
カルロスさんまで付いていた。
三人は私達に気付くと、あれ?という顔をした。
「ウィルはともかく……ルリ様やオウカ様まで?」
同じくホワイトリリーを手にしたベアトリスさんが首を傾げた。
「何、仲良くお墓参り?オレも誘ってよ。……って、ベニオはいないんだ?」
キョロキョロするカルロスさんに、ウィルさんが説明してくれる。
「ああ、ベニオ様はエリーのことを知らないからな。私達も別々に来て、偶々ここで会ったんだ」
何その偶然、という言葉に私も激しく同意する。
サファイア家とルビー家は交流があるみたいだし、ベアトリスさん達もエリーさんと親しかったのだろう。
幼いアルがベアトリスさんにしごかれたって話があったくらいだもんね。
「あー、オレはオウカにここの場所知らないかって聞かれたから。気になって来てみたら、ルビー兄妹に会っちゃって」
なるほどね。
それにしても、先程までの静かな時間が嘘のように賑やかになってしまった。
「ふっ。ははっ」
そこに吹き出して笑い始めたのは、ウィルさんだった。
「まさかこんなことになるとは。エリーは喜んでいるだろう、賑やかな場所が好きだったからな」
そう言ってお墓を優しい目で見つめると、そっと花束を置いた。
それに倣って黄華さん、ベアトリスさんも花束を供えていく。
「そうね、あの子もやっと笑えるわ。ウィル、アンタのそんなすっきりした顔、久々ね」
その口ぶりから、エリーさんとはかなり親しかったのだろう。
ベアトリスさんも、優しい目でウィルさんに声を掛ける。
「――――そうだな。笑ってくれているのだろうか」
「笑ってるわよ。そういう子だったでしょ?」
やっと聞く耳を持つようになったのね?との言葉に、ウィルさんが苦笑する。
どうやらウィルさんもかなり吹っ切れたみたい。
アルとも仲直りしたみたいだし、良かった。
「――――ある女性がね、教えてくれたんですよ。私が馬鹿だということを」
…………?
一拍のち、どっと笑いが沸き起こる。
「そりゃいいな!誰だ?天下の第二騎士団副団長サマに、馬鹿だとのたまった女は!?」
「ププッ……。いいわね、最高!」
大爆笑のルビー兄妹。
こうしてると似てるわね。
ひーひー笑うふたりの隣で、カルロスさんがにやにやした顔でウィルさんの顔を覗き込む。
「へー。副団長のそんな顔、初めて見ましたけど、惚れたんですか?」
その問いに、さあなと返すウィルさん。
そしてさらに不機嫌になるリオ君と、真っ赤な顔でぷるぷる震える黄華さん。
……なるほどねぇ。
「ねえ、アル……」
三角関係の気配に、アルの意見を聞こうと隣を見ると、こちらも肩を震わせぷるぷる笑いを堪えていた。
余程ウィルさんを馬鹿呼ばわりしたのがおかしかったらしい。
これは紅緒ちゃんと話題を共有すべきね?
いつもやられてばかりなのだ、たまには黄華さんにも標的になってもらおう。
「あのー、取りあえずみなさんお参りしません?」
「あ、そうね。ごめんなさい、ルリ様」
収集のつかない場を何とか収め、みんなで手を合わせる。
エリーさん、きっと喜んでるよね。
天の上から、笑ってくれてると良いな。
******
「黄華さん?どうしたんです、そろそろ行きましょう」
「あ、ええ。ごめんなさい、瑠璃さん」
黄華は、エリーの墓を背にしてタッと瑠璃の元へと駆け寄った。
それを、透明な女性の形をしたものが見つめる。
『ありがとう、彼を救ってくれて』
その女性の形をしたものは、そう言って微笑むと、天を仰ぎ見て静かに昇っていった。




