帰還
「ただいま戻りました」
「るりせんせい!おかえりなさい!!」
馬車を降り、ラピスラズリ邸のエントランス前に立てば、リーナちゃんが輝く笑顔でこちらに向かって走って来て、そのままがばっと私に抱き着いてくれた。
王都を離れていたのは二週間程だったはずだが、まるで数ヶ月経ったみたいに長く感じた。
きっとリーナちゃんにとっても長い二週間だったんだろうな。
ぎゅうっと私の服を握りしめて、顔を埋めている。
「ルリ、お疲れ様」
「無事で良かったわ」
「本当に。今日はゆっくりして下さいね」
エドワードさんにエレオノーラさん、レイ君も温かく迎えてくれる。
よく見れば、セバスさんやマーサさん、マリア達使用人のみんなもわざわざ集まってくれていた。
森を抜けたときもほっとしたけれど、やっぱりここに戻って来ると“帰ってきた”って感じがする。
それを考えると、この世界での“家”はここなんだなって思う。
私にしがみついたままのリーナちゃんの頭をくしゃりと撫でて、その小さい体を抱きしめる。
「ただいま。会いたかったよ」
私の声に、リーナちゃんはちょっぴり涙声で「おかえりなさい」と応えてくれた。
次の日。
私は王宮を訪れるため、アルとふたり馬車に乗っていた。
ちらりとアルの顔を正面から見る。
うん、何だかすっきりした顔をしている。
討伐の帰りはカルロスさんもいたから、なかなか聞く機会がなかったけれど、今なら答えてくれるかな?
「アル、ウィルさんとは話せた?」
おずおずと聞くと、アルはぱちりと一度瞬きをして、ふわりと微笑んだ。
「はい、お陰様で」
その返事にほっとすると、陛下への挨拶の後、行きたい所があると伝えた。
場所を聞いたアルは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに声を出して笑い、快く了承してくれた。
「もちろんです。ルリ様のご希望とあらば、喜んで」
王宮に到着すると、約束の時間よりも少し早く来てしまったため、まず応接室のような所に通された。
もう顔見知りになった侍女さんたちも声を掛けてくれて、みんな無事で良かったですと優しい言葉をくれた。
そうしてしばらくゆっくりとお茶を頂いていると、シトリン伯爵が訪ねてくれた。
「ルリ様!よくぞご無事で……!騎士団の強さは折り紙付きですし、貴女の回復魔法についても存じ上げておりますが、それでもやはり心配だったのです」
どうやらかなり心配を掛けてしまったようだ。
申し訳ない気持ちになりつつも、これからも機会があれば遠征について行く可能性があることを伝える。
女神さまとも約束したしね、中途半端にはしたくない。
「……ある程度の事情は、陛下から伺っております。それでも、なぜそうまでしてと思ってしまうのですよ。こう言っては何だが、貴女方は異世界の人間なのに、と」
わざわざ危険を冒す必要はないのに、どうして貴女達は揃ってと、シトリン伯爵は唇を噛む。
そうやって私達のことを案じてくれる人ばかりだから、私達も何かを返したいと思うのだ。
「お気持ちは分かりましたが、どうか無理はされませんように。ああ、それとオリビアやアメリア嬢も心配していましたから、お時間が取れたらまた会いに行ってやって下さい」
そうだ、なかなか予定が合わなくて出立前に手紙だけ出したが、それっきりになってしまった。
二人にも近いうちに会いに行かないと。
心配、してくれたんだなと思うと、ちょっぴり嬉しくなった。
そこで伯爵は、また後日会議で会いましょうねと退室して行った。
それにしても聖女の勤めだと言われても良いようなものなのに、みんな揃ってあんな風に言ってくれるのは、ものすごくホワイトな国なんだなぁと今更ながらに思う。
でもきっと、陛下の姿勢もあるんだろうな。
上に立つ人がそれが当然、という姿勢でいれば、臣下も自然とそういう態度になるはずだもの。
そういうことを考えると、陛下はまだ若いのにすごいなって思う。
レオンが支えたいと思う気持ちも、分かる気がする。
ふふ、紅緒ちゃん、本当に見る目があるよね。
そんなことを言ったら、きっと怒られてしまうだろうけど。
約束の時間になり、陛下の待つ謁見の間へと案内された。
……正直、ここは立派すぎて緊張する。
でも、偉い人たちがずらりと並んでいる訳じゃなくて、陛下と私と近しい人が数人いるだけだとアルが教えてくれたのに、ほっとする。
多分、シーラ先生とかレオンとかだろう。
多少仰々しいがまあそれなら大丈夫かと、開かれた扉の中へと足を進める。
中に入ってみれば、やはりシーラ先生とレオンが見えて、それとエメラルド宰相様にエドワードさんもいた。
確かにこの面子ならと、緊張も緩む。
陛下の前の定位置につくと、形式にのった挨拶をして二言三言、言葉を交わす。
お疲れ様とか、そういう労いの言葉だ。
「さて、短いが堅苦しい挨拶はここまでだ。向こうでの話を聞きたい」
それが終わると、途端に陛下の口調も崩れる。
いや、そっちの方が私も気楽だから、良いんだけどね?
レオンや宰相様がちょっぴり顔を顰めていますよー。
エドワードさんはニコニコしてるけど。
昨日のうちに既にレオン達から報告を受けているらしく、陛下は遠征中のことにとても詳しかった。
ウィルさんの怪我の治療のこととか、範囲指定治療のことも知っていたし、相変わらず規格外だなと言われた。
「だが、誰も死なずに戻って来れたのは、お前達のお陰だ。騎士達を守ってくれて、感謝する」
一瞬だがぺこりと頭を下げた陛下に、周りはざわめき、私は慌てる。
だから、周りに人が少ないとはいえ、偉い人がそうそう簡単に頭下げちゃ駄目だって。
はあとため息をつくと、最後にもうひとつと声が掛かる。
「野営で魔物を食したらしいな。そして魔物には回復効果のあるものがいると。そしてその種類や処理によって、効果が変わるという報告が上がっているが、間違いないか?」
「はい、鑑定したので間違いないかと」
私が答えると、それまで黙っていたシーラ先生が、思わずといった感じで身を乗り出す。
「貴女の回復魔法もだけど、それも、すっごく興味あるわ!」
わくわくと言う言葉が目で見えそうなくらい、目が輝いている。
うーん、この様子だと色々と力になってくれそうで心強いな。
シーラ先生の姿に後押しされて、私はこの遠征で思ったこと、考えたことを陛下に伝えたのだった。




