尊敬と敬愛と、愛おしさと
「それで?ルリちゃんの好い人ってのは誰だい?」
「へっ!?い、いや、それは……」
「よく見てれば分かりますよ。瑠璃さん、分かりやすいもの」
「そうですわね。それに、そんなに恥ずかしがることありませんのに」
うっ……ここに私の味方はいない!
紅緒ちゃんと黄華さん、そしておばさま達と一緒に夕食を頂いた後、私達は談笑していた。
女ばかりで集まれば、話題になるのは恋の話というのは、異世界でも共通のようだ。
ちなみに護衛騎士のみんなは少し離れたところにいる。
女性達だけで話したいだろうと気を遣ってくれて、見える範囲に移動してくれたのだ。
そうやって何気ない楽しい時間を過ごしていた時に、うしろから不意に声をかけられた。
「お話し中、申し訳ない。ルリをお借りしても良いだろうか?少し話をしたくて」
振り向けば、そこにいたのはレオンだ。
「あら、噂をすれば。どうぞどうぞ!」
「ええ、私達もじき解散しますから、ごゆっくりどうぞ」
楽しげな紅緒ちゃんと黄華さんに背中を押され、レオンのところへと追いやられる。
くそう、これでおばさま達には絶対にバレたに違いない。
あらあら、まあまあと生暖かい視線を感じる。
それを全く気にしないレオンに、行こうかと促されその場を去ろうとすると、それに気付いたアルが近付いてきた。
「ああ、サファイア殿は自由に過ごされて構わない。私がちゃんとルリを宿まで送り届ける」
いえ、送り届けるってすぐそこですけど。
そう思わなくもなかったけれど、紳士的なふたりを前に、その言葉を飲み込んだ。
それにアルだって疲れているだろうし、今日くらいゆったりと過ごして欲しいしね。
ひょっとしたらウィルさんと話したいかもしれないし。
「そうね、私は大丈夫だから。アル、おやすみなさい」
「……では、お言葉に甘えて。おやすみなさいルリ様、ラピスラズリ団長」
そうしてアルとも別れ、しばらくふたりで歩く。
祝勝会の賑やかな声が遠くに響くくらいに離れれば、この辺りにしようかとレオンに声をかけられ、腰を下ろした。
こうしてふたりきりになるのは、核となる魔物を倒した夜以来だ。
安心したのと同時に、不安も生まれた夜。
『ルリ?』
その声も、掌に感じる体温も、ちゃんとレオンのものだった。
そのことに安心して、ほっと息を付いた。
分かっていたつもりだったが、実際にあんな場面見ると、やはり不安になる。
血塗れになったウィルさんを見て、あの時は必死だったけど、後になって恐怖が襲ってきた。
ああして、怪我を負ったり死ぬことだってある。
騎士の仕事とは、そういうもの。
レオンだって、危険と隣り合わせで生きている。
そのことに気付いた、夜。
「……町に戻って来て、気持ちは少し落ち着いたか?」
「え?」
「この前の夜、私の無事を確かめるように手を握っていた。……怖くなったか?」
ああ、どうしてこの人には気付かれてしまうんだろう。
もしも、あんな風にレオンが傷を負ったら。
離れている間に、命を落としたら。
確かに私は、それが怖かった。
だけど。
「怖くないって言ったら嘘になるけど、だけど、レオンの立場はそういうものなんだって、ちゃんと受け入れたい。受け入れて、私が出来ることをしたいと思う。……でも」
レオンを失うかもしれないことへの恐怖。
それを防ぐためには、毎回の遠征に私も同行して、戦闘にも参加すれば良い。
絶対ということはないが、あれだけの傷を治す魔法が使える私が近くにいれば、死ぬ確率は低くなる。
離れている間の不安も解消されるだろう。
――――けれど。
『……別に戦闘で活躍しろとは思っていないが』
女神様の言葉もあり、魔物討伐に協力したいと言った時に、陛下から言われた言葉。
『お前はもう、この国の教育を発展させるための重要人物になってしまっている。確かに魔物討伐に協力してくれるのは有り難いし、回復役としてこの上なく心強いが、そうやすやすと危険に飛び込まれては困るんだ』
そう、今回の討伐でほとんど留守番だった理由。
陛下の言うことは尤もだ。
私は、この国の保育環境を整え、教育水準を上げたいと思って、まずは公園設立に乗り出した。
まだまだ、これからなのだ。
『シトリン伯爵は難しい顔をするだろうがな……そこは納得してもらえるよう、俺から説得する。だが、約束してくれ。決して自ら危険には首を突っ込まない、その時や緊急事態以外は、出来るだけ拠点地にいると』
私は、その約束を必ず守ると答えた。
そして、紅緒ちゃんと黄華さんにも事情を伝え、陛下も色々考えているのねと、ふたりも同意してくれた。
本当は、二人のようにみんなに付いて行った方が、良かったのかもしれない。
でも、私は選んでしまった。
リーナちゃんのような、幼い子どもたちの笑顔を増やすために生きることを。
そうした事情を、レオンも陛下から聞いていて、今も静かに聞いてくれている。
私の選択を、尊重してくれているのだろう。
だからこそ。
「あのね?私、今回のことで思ったの。騎士や魔術師のみんなにも大切な人がいて、帰りを待っている人がいる。今回はたまたま誰も死ななかったけど、そうじゃない時もあるんだよね?」
私の問いに、こくりとレオンが頷く。
エリーさんのこともそうだ。
そんな風に命を落とす人を無くしたいと思うのは、傲慢かもしれない。
けれど、一人でも少なくしたいと思うのは、希望に繋がる。
「だから、ね?もっと魔法以外の回復方法を見つけたいなと思ったの。回復効果のある食事は、聖属性魔法の遣い手がいないと作れない。今回、多分だけど、食べる魔物の種類によって回復量が違うことが分かった。それも遠征食に生かせるし、まだ他にもそうした何かがあるかもしれない。だから、私はそれを探したい」
レオンを見つめれば、綺麗な色の瞳が心配そうに揺れていた。
「ひとりじゃ無理だけど、みんながいるから。シーラ先生にも協力してもらって、そういう研究がされるようになれば、実を結ぶ何かが生まれるかもしれないでしょう?命を懸けて戦ってくれているみんなを守る方法を、ひとつでも多く見つけたい」
そこまで言い切ると、レオンは徐に私の前に跪いた。
え?と驚く間もなく、すっと手を取られる。
そして、そっと手の甲にキスをされた。
「以前もこうしてルリの手に触れたが、あの時よりももっと、尊敬と敬愛の気持ちが大きくなった」
半ば呆然とレオンの言葉を聞いていると、そのまま手を返される。
何かと思えば、そのまま次は掌へと唇を落とした。
「え……つっ!」
今度は、少し啄むように何度も。
そして最後はちゅっと強く吸われた気がする。
慌てて手を引こうとしたが、それを許してはくれず、体ごとぎゅっと引き寄せられてしまった。
広い胸に包まれ、息苦しさにクラクラする。
座り込み、レオンの膝の上に乗ってしまった体勢に恥ずかしさが込み上げたが、それと同時に感じるのは、安心感と幸福感。
「この気持ちを何と言い表わせば良いのか分からないが……。ひとつだけ確かなのは、愛おしいという気持ちだ」
そして、今度は唇が重なる。
今までよりも深い口付けは、とても甘くて、蕩けそうになった。
そして、私の掌に残った小さな赤い跡。
これも後に気付いて、恥ずかしさと嬉しさに震えることになるのだが――――。
今の私には、知る由もなかった。




