願い
「目覚められたばかりのようですが、もう意識がはっきりしているんですね?」
「あ、ええ、まあ。ルリ様の魔法に助けられたようですね」
そうですか、と言って黄華はウィルが横になっている簡易ベッドの側に座った。
そして、シンと沈黙が落ちる。
別に何も悪いことをした訳ではないのに、何故か居心地が悪い。
ウィルはちらりと黄華を見たが、少し俯きがちで無表情な顔からは何も読み取れない。
泣くでもなく、怒るでもなく、無言の圧力が一番恐いのだと、ウィルは初めて知った。
「なぜ」
「はい?」
何か話題をと、いつになく焦っていると、ぼそりと黄華が呟いた。
「なぜ、私を庇ったんですか」
なぜ。
そんなことを聞かれても、体が勝手にとしか言えない。
しかし、そんな答えを望んでいる訳ではないだろう。
でも、そう、体が勝手に動いたんだ。
やっと、少しずつ心からの笑みを見せるようになった黄の聖女。
彼女が倒れたあの日、三人で王宮に泊まったという、その後から―――。
******
初めて会ったのは、聖女召喚の儀式の後、すぐ。
その頃原因不明の体調不良に悩まされていたレオンを、聖女様が救っていただけるのではないかと期待していた。
しかし、そんな思いを持つことすら、間違っていたことに気付く。
混乱して帰してほしいと叫ぶ黒髪の少女。
一体、どうしてそんなことを言えるだろう。
自分勝手な考えに、ほとほと呆れた。
そんなことを思っていると、少女の側で静かに佇んでいた、黒ずくめの女性が目にうつる。
その女性の目に光はなく、突然異世界に来たことに呆然としていると言うよりは、もう何もかも諦めているかのようだった。
なぜそれが分かったのか。
理由は簡単だ、自分と同じだと思ったから。
聖女として喚ばれた彼女が、果たしてこれからこの世界でどう生きていくのか。
元の世界に未練があるだろうもうひとりの少女とともに、興味が湧いた。
結局、おふたりはレオンを治すことは出来なかった。
しかし、彼の兄の知り合いの魔術師の治療によって全快したらしく、今はこうして職務にあたっている。
ひとつの憂いが解消したことにホッとしつつ、私はおふたりとの接し方に悩んでいた。
最初に持った罪悪感から、優しく接しようと思っていた。
気遣い、配慮し、それこそ真綿に包むように。
静かに生きたいというなら、それで良かった。
この世界に存在しているというだけで、瘴気を祓うという聖女。
ならば、それ以上を望むのは傲慢だ。
だが、思いがけないことを“赤の聖女”と呼ばれるようになった少女は言う。
自分の魔力は戦い向きだから、魔物討伐の訓練と魔法の勉強がしたいと。
そして“黄の聖女”と呼ばれている女性は、とりあえず自分も魔法を勉強して、これからのことを考えたいと言う。
召喚されてすぐ、まるで抜け殻のようだった彼女は、少しだけ目に光が戻っていた。
恐らく、赤の聖女様のおかげだろう。
元々面倒見が良いのか、少女の悲しみを受け止め、励まし、時にはわざと怒らせて発散させている。
どれだけ絶望していても、人間、やらなくてはいけないと思うことがあれば、なんとか生きられるものだ。
それを、私は自分自身の経験から知っていた。
そんな姉妹のような彼女達。
そうして、“聖女として”生きることを選ぶのならば、強くなって頂かなければならない。
彼女達の覚悟を量り、甘い部分は突いていく。
自分でもなかなかに酷い言葉だと思うこともあった。
……赤の聖女様には、嫌われたかもしれないな。
しかし、彼女達は諦めなかった。
そんな時、三人目の聖女が現れた。
どうやらレオンは彼女に助けられていたらしく、最近ではかなり熱を上げている。
いや、仕事に支障はないし、部下達はただの噂だろ?と信じないくらいに、訓練中は至って通常通りだ。
まあそれは置いておいて、あのおふたりとも仲良くやっているという。
ならば、ルリという名前のその聖女様も、悪い人間ではないのだろう。
実際に会ってみれば、甘いところはあるものの、なかなか芯の通った女性だった。
私の、私情の入った言葉に毅然と答える姿は、正直意外だった。
時々見かける黄の聖女様も、彼女には心を開いている様子だ。
このままいけば、彼女は自分のようにはならないかもしれない。
自分も訓練に参加したいと言い出したと言うし、少しずつ、そうやって生きる希望を持てば良い。
信頼できる人を増やし、聖女として輝き、好いた男性を見つけて女性としての幸せも得るかもしれない。
元の世界での憂いを癒やしていけるなら、この世界も悪くないと思ってもらえたら。
そう考えてしまうのは、私の身勝手さだな。
そんな、いつしか彼女の幸せを願っている自分に気付き、驚く。
自分には出来なかったからと、願いを託しているだけかもしれない。
申し訳ない気持ちもあるが、勝手に願っているだけだ、許してもらおう。
どうか。
このまま何事もなく、彼女達が強く、幸せであれるよう。
エリー、君を幸せに出来なかった男が何をと笑うかもしれないな。
三人の姿を遠目に見て、ふっと瞼を伏せた。




