自嘲
そこかしこで騎士さんたちが喜びの声を上げる。
互いに労い、涙を流している人もいる。
あちこちでかなり怪我をしている人が多いのを見ると、かなり厳しい戦いだったことが分かった。
「三人とも、助かった。貴女達のおかげだ」
レオンの温かい笑みを見ると、ほっとする。
だけど、三人ひとまとめにされるのはちょっと心苦しい。
「いや、私は最後にちょっと出てきただけだし……」
みんなボロボロになるまで戦ったのに、アルとふたり、無傷で立っているのが心苦しい。
「ですが、彼が助かったのは瑠璃さんのおかげですわ。このクッキーも」
ウィルさんの側へと戻った黄華さんの手元には、森に入る前に配ったクッキーの包みがあった。
そっか、あれも役に立ったのなら良かった。
「ごめんね、オレがぱーっと治せたら良かったんだけどさ。情けないことに魔力切れ。休まないでこれ以上魔法使ったらやばい」
はあと髪をかき上げたのは、カルロスさん。
普通の人よりもMPが高いと聞いていたのに、かなり魔法を使ったのだろう。
ということは、回復役は今この場に私だけということ。
「……みなさん、並んで頂けますか?このままでは帰るのも辛いでしょうし、お一人ずつ治療をかけますので」
先程の魔法でずいぶんMPが減ったとはいえ、まだしばらくは大丈夫そうだし、ざっと見たところ30人くらいなら大丈夫だろう。たぶん。
時間はかかりそうだけど……。
「あ。ねぇ、瑠璃さん。それなら……」
よーしやりますかと腕まくりをすると、紅緒ちゃんが何かを思い付いたようで耳元に口を寄せてきた。
そしてその提案に、紅緒ちゃん冴えてる!と私は目を輝かせたのだった。
「ではいきますね。『範囲指定治療』」
できるだけ固まって集まってもらった騎士さん、魔術師さんたちを囲むサークルをイメージし、回復魔法をかければ、地面が円形に輝きその中の全員に治療がかかった。
先程の紅緒ちゃんの提案、大当たりだ。
確かに魔力はずいぶん取られた感じがするが、時間はかなり節約された。
早く戻らないと、夜になってしまう。
そこで、とりあえず意識の戻っていないウィルさんと黄華さんは紅緒ちゃんの転移魔法で先に拠点地に戻ることになった。
拠点地には手当に慣れた人もいるから、ウィルさんを任せても大丈夫だろう。
私はいざというときの回復役として、みんなと一緒に歩いて戻る。
聞けば、ほぼ全員MPが限界寸前。
回復どころか飲み水を出すのも精一杯らしい。
「あ。そういえば私達、突然いなくなっちゃったけど心配してるかも……」
魔物を取りに行ってくれていた騎士さんたち、帰ってから絶対慌ててるよね。
「大丈夫ですよ。先程私が通信を飛ばしておきましたから。ちなみに向こうで影ができているかも確認済ですよ。転移するのに必要なんでしょう?」
良かった……さすがアル、気遣いのできる男だ。
「じゃあ、先に行くね。ごめん、みんな、瑠璃さん。気を付けてね」
「すみません、私達だけ先に。みなさんのお戻りを向こうでお待ちしています」
紅緒ちゃんと黄華さんはそう言うと、ふっと影に消えていった。
「さあ、では我々も拠点地へ戻るぞ」
「嬢ちゃん達が待ってるからな。ここまで来て誰も欠けたりすんなよ」
うん、きっとふたりが「おかえりなさい」って出迎えてくれるから。
それから数時間後。
少し時間は遅くなってしまったが、私達は無事に拠点地へと戻ることができた。
紅緒ちゃんと黄華さんが揃って出迎えてくれて、騎士さん達もすごく嬉しそうだった。
ウィルさんも、まだ意識は戻っていないけど、容体は安定しているとのことだ。
おそらく明日には目を覚ますはずだと。
多分ここ数日は特に気を張っていたのだろうし、疲れもあるんじゃないかな。
少しだけ様子を見に天幕を覗いたが、目の下にクマができていた。
お疲れ様ですと呟いて治癒をかければ、薄っすらとそれが消えた。
すやすやと眠るウィルさんが、安心しきった表情に見えて少し嬉しくなる。
「黄華さんを助けて下さって、ありがとうございます。早く、元気になって下さいね。紅緒ちゃんにレオンやイーサンさん、カルロスさんや第二のみんなも心配していましたよ」
あいつは大丈夫なのかと、そわそわこの天幕を覗くみんなを思い出し、くすりと笑いが零れる。
「……心配してくれる人がたくさんいるということは、ウィルさんがとても信頼されているということです。どうか、自分を誇りに思って下さいね」
エリーさんのことがあって、何も出来なかったと後悔したというウィルさん。
少しだけ、黄華さんに似てるなって思った。
自分なんてと思わないで欲しい。
私に言えるのはこんなことぐらいだけれど。
「おやすみなさい。良い夢を」
目が覚めて、生きてて良かったと、そう思ってもらえたら良いな。
静かに横たわるウィルさんにそう声を掛けると、そっと天幕を後にした。
******
「……あの人はどこまで分かっているんだろうな」
瑠璃が去ってから数秒後。
ウィルはため息を付くと、寝返りを打った。
あんな重症を負った後だ、体が重くて動かないはずなのに、違和感なく普通に動かせるのは、きっとあの青の聖女の魔法なのだろう。
先程かけられた言葉も、自分が起きていると分かってのものだったのだろうか。
やれやれ、とまた息を付く。
「レオン辺りにエリーのことを聞いたのだろうな。色々と見透かされていそうだ」
自分の心の内や、他人にあれこれ言われたくないと思っていることも。
「信頼されている、か」
そんなもの、もう自分にはいらないと思っていたのに。
黄の聖女様を守れて、もうこのままエリーの処に行くのも悪くないと思ったのに。
『置いていかれる哀しみを知っているんです、必ず、戻って来て下さい!』
自分のせいでと、自分と同じ思いをさせてはいけないと、暗く沈む意識を引き上げたのは、間違いなくあの言葉だ。
生きなければと、泣かせたくないと思ってしまった。
「こんな私が生きたいと思ってしまうなんて、烏滸がましいな」
「そんなこと、ないですよ」
自嘲気味に呟くと、思わぬ返答があったことに驚き、ぱっと入口を見る。
そしてそこに立つ黄華の姿に、ウィルは目を見開いた。




