油断
間に短文で視点切り替えがあるので、*で区切ってます。
読みにくかったらごめんなさい。
しかし、その一瞬の油断がいけなかった。
オルトロスが咆哮すると、騎士達の不意をついて生き残っていた魔物達が違った動きを始めた。
――――紅緒と黄華を狙ったのだ。
そして、オルトロスは物理攻撃を諦めたのか、口から黒い煙を吐き出した。
今まで黄華が灯した光のおかげで良好だった視界が、急に闇に包まれる。
真っ暗、とまではいかないが、戦い辛くなったのは間違いない。
そして騎士達は、魔物の変化に気付いたものの、不意をつかれて攻撃を受けた者が多く、その動きに対応しきれなかった。
「ベニオ様!」
「オウカ様!」
アルバートとリオがふたりの前に立ち、間一髪で魔物の攻撃を受け止めた。
よく見えはしないが、悲鳴で騎士達が攻撃を受けたことに気付き、ちっと舌打ちをする。
(こうなる前に仕留めたかった……!)
リオに助けられた黄華は焦った。
悲鳴から察するに、騎士達は恐らく何人も傷を負ったのだろう。
そして、敵は自分と紅緒に照準を定めてしまった。
残りMPが少ない者が多い中、回復に手が回らない。
一気に襲って来たため、カルロスやウィルもオルトロス以外の魔物にかかりきりになってしまった。
(どうしたら……っ!)
その時、蛇が炎を吐いてレオンハルトとイーサンに一瞬の隙を作り、オルトロスはこちらに跳躍してくる。
「っ!しまった!」
「くそっ!間に合わねぇ!」
着地点には――――紅緒。
「っ……!危ない、紅緒ちゃん!!」
『いざという時には、私よりも瑠璃さんと紅緖ちゃんを守りなさい』
(漸く自分の居場所が見つけられそうだと思ったけれど……だめね)
だって、やっぱり咄嗟に動いてしまうもの。
側にいた紅緒を勢いよく突き飛ばし、自分もその場に倒れる。
「オウカ様!」
「黄の聖女様!」
(ああ。私を案じて叫んでくれる人がいるなんて、案外私の人生も捨てたものじゃないですね)
それが少しだけ嬉しくて笑うと、薄暗い筈なのに何故かよく見えたのは、双頭の魔犬の大きく開かれた口からのぞく、鋭い牙。
「ここまでですね」
(ひとつだけ、桜が咲くところが見られなかったことが心残りですね。ごめんなさい、瑠璃さん)
「黄華さん!!」
手を伸ばす紅緒にも心の中で謝る。
そして死を覚悟し、きつく目を閉じる。
刹那。
ザシュッという鈍い音と体に響く衝撃に、黄華は目を見開いた――――。
******
私の影から急に現れた紅緒ちゃんに、アルとふたりで驚く。
その体が完全に現れると、いきなり腕を掴まれた。
「早く!黄華さんが……!!」
「ど、どうしたの!?とにかく、落ち着いて」
涙や血でボロボロ、しかも取り乱した紅緒ちゃんの様子から、余程の事態だと分かる。
私に助けを求めるということは、多分回復魔法を必要としているのだろう。
そして、転移してきたことを考えると、恐らく緊急。
「大丈夫だから、一度深呼吸して。そうしたら、アルと一緒に黄華さんのところに連れて行って?」
涙をぐっと堪えた紅緒ちゃんは、大きく息を吸うと、ゆっくりとそれを吐き、転移魔法を発動させた。
******
体に受けた衝撃。
それは、黄華が予想していた、魔物の牙によるものではなかった。
それに驚いて思わず開いた目に映ったのは、広い背中とマント。
「ぐぅ……っ」
そして、暗い紫の髪。
「ウィ……ルさん?」
「―――――た。げほっ!」
何事か呟いた彼の口から溢れたのは、大量の血。
ゆらりと傾ぐその体を、倒れる前に何とか受け止めると、ぞっとするほどに青い顔が見えた。
腹部には、噛み千切られた跡。
ぬるりとした感触、手も、服も、顔も血に塗れている。
もしかして。
そう思って顔を覗き込んだが、彼は僅かではあるが浅い呼吸を立てていた。
私なんかのために、死なせはしない。
「――――るさない」
黄華はぎゅっとその頭を抱きしめると、キッと目の前の魔物を睨みつける。
そして、流れる涙を振り切るように、左手をかざして詠唱に入った。
「くらいなさい!光の誅罰!」
掌に魔力が集まるのを感じると、天井から無数の光の雨が降り注いだ。
そしてその全てが、オルトロスに向かっていく。
「グォォォォーーーー!」
その光線をまともに受けたオルトロスは、ギラギラとしていた目の輝きを暗くして、地面に倒れ込んだ。
「氷結」
それを見たレオンハルトは、すかさずその体全てを凍らせて、身動きをとらせなくする。
オルトロスを封じたとは言え、まだ魔物はいる。
ウィルの命のことを考えると、緊急事態には変わらない。
「三人を守れ!アルバート、リオ、カルロス、頼むぞ!私とイーサンは後方から挟み撃ちして倒していく!おい!動ける者は私達と一緒に戦え!!」
「おう!嬢ちゃん達を守れよ!その辺に転がってるお前等、このままやられっぱなしでいるんじゃねぇぞ!」
レオンハルトとイーサンの指示に、騎士達も動き出す。
「了解」
「っ!はい!」
「分かった!」
レオンハルトに託された三人は、重症のウィルとそれを支える黄華、そして未だ衝撃から立ち直れない紅緒を取り囲んで、指一本触れさせないとばかりに魔物を蹴散らしていく。
そんな中、震える声で紅緒が言葉を発する。
「っ、黄華さん、ウィルさんは……」
「今は、一応息があります。でも、この傷……っ!」
そこで黄華はハッとポケットの中の存在を思い出す。
残しておいた、クッキー。
気休めかもしれないが、痛みを和らげてくれるかもしれない。
ぱきりと数回割って細かくすると、ウィルの口元へと運ぶ。
「お願いです、食べて」
「うっ……」
駄目だ、固形物を飲み込む力が残っていない。
それならば――――。
黄華はクッキーの欠片を自身の口に入れると、掌の中に水魔法で少量の水を出す。
そしてそれをぐっと口に含みクッキーをふやかすと、躊躇いなくウィルの口元へとそれを注いだ。
「オウカ様!?」
リオが横目で戸惑いの声を上げたが、そうして口移しで与えれば、ウィルは嚥下してくれた。
何度か口移しで与えれば、僅かだが顔色が戻って来た気がする。
「でも、これじゃ長く持つか分からない……。こんな時、瑠璃さんがいれば―――っ!紅緒ちゃん!!」
ハッとその可能性に気付いて紅緒を仰ぎ見る。
「お願いです!転移魔法で瑠璃さんを連れて来て下さい!今の時間なら、まだ間に合うかもしれません!」
涙を流して呆然としている紅緒に、必死に呼びかける。
今日の拠点地はかなり開かれて明るい場所だった。
初夏の今なら、この時間も陽が差して影があるはずだ。
「お願いです!紅緒ちゃんしか出来ないんです!お願い、瑠璃さんを……!」
切実な叫びに、僅かに紅緒の目に光が戻る。
「わ、分かった!待ってて、絶対、連れて来るから……っ」
そう言って詠唱すると、すうっと闇に溶けるように姿を消した。
お願い、間に合って……!
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