すれ違い
「事件のことは、粗方お聞きになりましたか?」
少し躊躇いはしたが、素直に頷く。
すると、それなら話は早いですねとこちらを見て微笑んだ。
「義母姉は母親が平民出身ですが、そんなことを少しも気にすることのない、とても堂々とした人でした」
自由で、真っ直ぐで、誰にも穢されることのない人。
アルはエリーさんのことをそう言った。
明るくて、前向きで。
いつも笑顔を振りまき、彼女がいるだけで、その場が明るくなるくらいに特別な存在。
それでいて努力家で、魔術師団に入りたいと決意してからは毎日勉学に励んでいたらしい。
責任感も強く、入団してからは公爵令嬢という身分をひけらかすことなく、常に任務に向き合い、研鑽してきたと言う。
「こう言っては何ですが、少しだけルリ様に似ている気がします。いや、容姿は少しも似ていませんが」
うっ……きっとすごい美人だったんだろうなぁ。
日本人顔の私とは違って、この国の人達は目鼻立ちもくっきりしてるし。
あまり聞くと悲しくなりそうなので、深くは突っ込まないようにしよう。
ちょっぴり落ち込んだ私に、アルは苦笑を零すと、エリーさんとウィルさんの関係について語ってくれた。
ふたりの仕事中の様子を見て、親同士が決めた婚約だったが、互いに納得していたこと。
恐らく恋い慕う感情は互いになかったが、それでも信頼し合っていたし、自分には勿体ない人だけれど、一緒にいると落ち着くんだとエリーさんが笑って教えてくれたこと。
以前は、アル達兄弟ともそれなりに仲良くしていたこと。
――――あの事件で、ウィルさんがとても悲しんだこと。
「……別に、異母姉の死が彼のせいだと思っている訳ではありません。今は、それなりに心の整理もついていますしね。けれど、彼は自分のせいだと言い張った。守れなかった自分が悪いのだと」
「!そんなこと……!」
「ええ、皆がそれを否定しました。当時の王だった前王陛下も、相手国に激しく抗議して下さいましたし、詳しくは言えませんが、それなりに第四王子に責任も取って頂きましたしね」
アルがぴたりと皮むきの手を止めた。
そして、少しいびつな形になったジャガイモを、ぽちゃんと水の中に入れる。
「それからですよ。彼が、ルリ様に向けたように、人を試すようになったのは」
あんな風に、目上の人間に失礼とも取られかねない態度を取って、ひょっとしたら罰せられたがってるのかもしれないとアルは言う。
もちろん、相手がどんな人物なのかをはかるためでもあるだろうが、心のどこかで守れなかった自分を責め続けているのだろうと。
「自分が身代わりになりたかったと言っていました。ああ見えて、意外と純粋なのですよアクアマリン副団長は。誰もそんなことを思っていないというのに……」
はあ、とため息をついてアルは新しいジャガイモを手に取る。
純粋、か。
今までそんな風にウィルさんを見たことはなかったが、長年そうやって、ただひたすらに悪いのは自分だと思い続けるのは、確かに純粋と言えるかもしれない。
だけどそれは、きっとみんなが辛い。
「義母姉がそれを望んでるとでも思っているのでしょうかね、あの人は。義母姉は、あんなにも彼の幸せを願っていたというのに」
生前のエリーさんは、ウィルさんのことをこう語っていたそうだ。
――――あの人、あんなにいかにも経験豊富ですって顔してるのに、ちっとも手を出してこないのよね。
――――大切にしたいから、ですって。あんな見た目詐欺な人、見たことないわ。
――――でもね、本当に恋い焦がれる相手なら、つい手を出しちゃうものでしょう?それがないってことは……まあ、そういうことなんでしょうね。
――――もし、もしもよ?彼に、そんな人が現れたら、私、身を引いて彼の幸せを願うわ。あんなに純粋で、真面目で、優しくて、損な性格の人、他にいないもの。
――――「そんな人が出来ても、彼は隠して無かったことにするでしょう」ですって?バカね。“心が奪われる”って、そういうことなのよ。乱されて、冷静ではいられなくなっちゃうものなの。まあ、お子様のアルには分からないかもしれないけどね。
――――だからね、もし、ウィルにそんな人が現れたら。お父様や義母兄様が怒っても、アルだけは味方でいてあげてね。
約束ね――――。
「……結局、そんな女性は現れず、私とも仲違いしたままなのですが」
辛そうに笑うアルからは、やはりどうにかしたいという気持ちが見える。
「アルは、ウィルさんが嫌い?」
「……嫌いになれたなら、もっと楽だったでしょうね。それに、義母姉の願いも無下にしたくありません」
私の問いに、少しだけ間をおいて答えてくれた。
エリーさんがウィルさんのことを純粋で優しいと言っていたみたいだけど、私からすると、アルだってそうだ。
「それなら、今の話、ウィルさんに聞かせてあげたらどうかな?あのね、ケンカした後に“ごめんなさい”を先に言うのって、すごく勇気がいるの。子どももそうなんだけど、大人だって一緒だと思うんだ」
園で子どもたちがトラブルになった時、大切なのは互いの気持ちを伝え合うこと。
自分の事情や気持ちを伝えて、相手の心の内も聞く。
そうすると、自然と相手の気持ちを考えられるようになる。
誤解が解けて、“ごめんね”って泣いて謝る子だっている。
「すれ違ったままが苦しいなら、勇気を出して話してみたらどうかな?エリーさんとアルの気持ち、ウィルさんに伝えてあげて」
むきかけだったジャガイモの皮をするりとむいていく。
あ、ちょっと中のほう傷んでそう。
ナイフで半分に切ってみると――――やはり。
「ジャガイモだって、皮むいて切ってみないと傷んでることに気付かなかったりするんだしさ。“腹割って話す”って元の世界では言うんだけど。やってみても、良いんじゃない?ウィルさんもアルも、私と違ってポーカーフェイスだし、何枚も皮被ってて苦しんでるのが分からないんだもの」
むう、と口をへの字にすると、アルが目を見開いた。
そしてぷっと吹き出したかと思ったら、はははと笑った。
「まさか、子どもやジャガイモと同じ扱いをされるとは。さすがルリ様ですね。――――でも、そうかもしれません。互いに、言葉足らずで勝手に想像しているだけでしたね。これでは天国の義母姉に叱られてしまいそうだ」
笑いを収めると、空を見上げる。
「義母姉の気持ち、知っているのは私だけですからね。彼に伝えてみます。それで向こうがどう出るかは分かりませんが」
「うん。その後どう感じるかは、ふたり次第」
そう言って、ジャガイモの傷んだ部分だけをくり抜き、無事なところは水の中に入れる。
こんな風に簡単にはいかないだろうけど、でも。
「気持ちを知る、ってことも大切だと思うよ」
そう言って笑う私に、アルも「ありがとうございます」と笑みを返してくれた。
ジャガイモの皮むきが終わり、そろそろ騎士さんが今日の獲物を持って帰って来るはず、と思っていると、突然足元から声が聞こえた気がした。
「?アル、何か聞こえなかった?」
「はい、私も……」
と、その時。
「瑠璃さん、助けて!!」
影から、紅緒ちゃんが現れた。
しかも、かなり汚れていて焦った様子で。
「早く!黄華さんが……!!」
その言葉を聞いて、私の心臓が早鐘を打った。




