彼の事情2
亡くなるまでの経緯はこうだ。
エリーさんは水属性魔法を得意としていて、魔術師団の中でも優秀な人だった。
回復魔法にも心得があり、騎士団と一緒に仕事をする機会も多かったらしい。
数年前、アレキサンドライト王国に隣国の第四王子がやって来て、国賓として丁重にもてなすことになった。
この王子、王位継承権が低く、特別重大な責任もない気楽な立場であり、かなり傲慢な性格だった。
滞在中も我儘放題、皆うんざりしていたと言う。
そんな時、いつものように急に『森に狩りに行きたい』と我儘を言い出した。
魔物も出る森で危険だと止めたのだが、頑として聞き入れない。
困り果てた末に、護衛として騎士団や魔術師団から沢山の者をつけて狩りに行くことになった。
そんな時に第四王子に目を付けられたのが、エリーさんだ。
かわいらしい容貌の彼女を王子は気に入り、権力を笠に側につけた。
同じく護衛として参加したウィルさんは断れと言ったのだが、エリーさんは仕事だからと嫌がることなく、王子の側で護衛として職務にあたった。
しかし、王子は思っていた以上に行動も勝手で、自ら危険に近寄ろうとする。
周りもヒヤヒヤしながら護衛していたが、特に側に付けられたエリーさんの負担は大きかった。
それでも多少の怪我なら魔法で治療できるのだろう?と言って王子は無茶をする。
その時、事件は起きた。
こちらから何もしなければ大人しく逃げて行く魔物に、王子は弓を引き挑発したのだ。
普段は大人しいとは言え、魔物は魔物だ。
すぐに獰猛な姿を見せ、王子に襲いかかる。
一撃目は間一髪、エリーさんが王子に飛び掛かり避けることができた。
しかし、王子は転ばせたエリーさんに腹を立てた。
『下賤な女が、何をする!』
そう言って、エリーさんを蹴り飛ばす。
彼女が飛ばされた先には、好戦的な魔物。
『エリー!!!』
「――――結局、その時に駆けつけたウィルが魔物を倒し、回復魔法もすぐにかけたのだが、エリー嬢は助からなかった」
メンバーの中で一番の回復魔法の遣い手は彼女だったのだがな、とレオンは言う。
以前、ウィルさんに叱られた時のことを思い出す。
『守る側の負担が増えるのは困る』
あの時、私は守られることに慣れないといけないと思った。
それは多分――――。
「あいつは酷く後悔していた。権力を盾にされたら何も言えない自分を、情けないとも」
だから彼は、まずは私自身が気を付けろと言ったのだろう。
「サファイア家は随分怒ったよ。母が平民出とは言え、正統な公爵令嬢だ。下賤呼ばわりした上に命まで……。第四王子は当然王族の身分を剥奪されたが、まあそんなもので哀しみが消える訳はないな」
アルも、当時はかなりウィルさんを責めたらしい。
『なぜ、貴方が一緒にいながら……!』
行き場のない哀しみをぶつけているのだと、今なら分かるだろうが、きっとふたりの間にはまだ、わだかまりがある。
どちらが悪いわけではない。
けれど、その哀しみを終わらせることが出来なくて、未だ苦しんでいる。
ちらりと少し離れたところにいるアルを見る。
近くにいるのに、何も気付いてあげられなかった。
いつもアルは、私のために心を砕いてくれているのに。
つうっと、頬を温かい雫が流れていき、ぽたりと膝の上に置いた手に落ちた。
「……っ!泣くな、ルリ」
そんなことを言われても、ぽろぽろと零れる涙を止めることなんてできない。
ふたりの気持ちを考えると、きゅっと胸が痛む。
「悪かった。ルリが泣かないはずがないと、分かってはいたのだが。それ以上ここでは泣かないでくれ」
そうだ。周りに騎士さんたちがいるし、今は討伐中なんだから、レオンたちはすぐに出発しなくてはいけない。
私が泣いていたらみんな不審に思う。
そっと差し出されたハンカチを借りて、自分の目元にあてる。
動揺する心を抑えてすうっと深呼吸すると、少しずつ涙が引いてきた。
「……ごめんね。ありがとう、話してくれて」
まだ少し目が熱いが、一応涙は止まった。
そんな私を見て、レオンがほっと息を吐く。
「よし。こんな状態のルリを置いていくのは心苦しいが、そろそろ出発しないといけない。とにかく、あいつらにはそういう事情があるということだけ知っておいてくれ。また王都に戻ったら話そう」
「うん……。あ、食器、持って行くね。ちょっと待ってて」
「ああ、悪いな」
二人分の食器を重ね、私は洗い場へと持って行く。
じっとしていると考えて泣いてしまいそうだし、動いていた方が良い。
でも、私に何かできることはないのかな……。
レオンハルトは、瑠璃が食器を下げに行く背中をじっと見つめた。
やはり泣かせてしまったな、とため息をついて。
しかしあれからもうかなりの年月が経っているが、未だふたりの苦しみが和らぐ様子はない。
誰もが時が解決してくれるだろうと思っていたが、それもなかなか難しいらしい。
優しいルリのことだから、アルフレッドにはきっと彼女が何かしら働きかけるだろう。
今までもたくさんの人間の心を解してきた彼女のことだ、今回も恐らくは。
「あてにするようで申し訳ないがな。騎士団で共に働く者のことなのに、情けないことだ」
もう長いこと、彼らに気の利く言葉を言えない不甲斐ない自分に、また深いため息を零す。
アルフレッドはルリに任せてみよう、レオンハルトはそう思った。
そしてウィルは――――。
ちらりとうしろの木々を見やる。
「もう行ってしまったか。ひょっとしたら、あの方の言葉なら届くだろうか?」
できることなら、友を救ってやってほしい。
結局人任せだな、と思いながらレオンハルトは腰を上げた。
「……意外なことを聞いてしまいましたねぇ」
瑠璃とレオンハルトのうしろからそっと離れた黄華は、ひとつ息をついた。
ただ甘い会話をちょっと聞いてみようと思っただけなのに、なかなかにシリアスな内容だった。
「あの人の棘のある言葉はなぜ、と思っていましたが、納得ですね」
さて、どうしましょうか?と黄華は呟いた。




