野営定食2
町に戻った騎士達がまず気付いたのは、その音と匂いだ。
ジュウジュウとした音が響き、同時ににんにくの香りが流れてくる。
その時、誰かの腹が鳴った。
しかしそれも無理はない、ここにいる者は全員腹を空かせている。
野営をする予定の広場に、銀色に輝く髪を綺麗にまとめて料理をする、一人の女性がいた。
青の聖女様だ。
そんな声に気付いたのか、ぱっと青の聖女は森から帰って来た騎士達の方を見る。
すると、みるみるうちにその綺麗な顔に笑みを浮かべて口を開く。
「――――みんな、おかえりなさい!!」
その花が綻んだかのような笑顔に、誰もが見惚れた。
「嫁……!」
「癒やしの女神様……!」
「落ち着けお前達。レオンが物凄い形相で睨んでいるぞ」
ウィルの一言で我に返った騎士達が、後に王都で鬼訓練を受けることとなったのは、言うまでもない。
良かった、予定通りの時間に戻って来てくれたし、見たところひどく負傷した騎士さんもいないみたい。
よく見れば第三騎士団のみんなもいる。
随分汚れてはいるが、腕っぷしで選ばれているという彼らは元々体力があるのだろう、飯だー!と元気に叫んでいる。
「いやー助かったぜ。やはり食事は士気に関わるからな。あんたが来てくれたおかげで野郎共のやる気が倍増したな」
「イーサンさん!お疲れ様でした。今日はゆっくり召し上がって下さいね」
相変わらず豪快に笑って騎士さん達に指示を出している。
魔物を森まで押しやったと聞いていたが、かなりの活躍だったのだろう。
今日はしっかり労いたい。
「ああ、第二が到着して明日からは本格的に森での討伐になるからな。しっかりエネルギーを蓄えさせてもらう」
こ、これはかなりの量を食べそうだ。
アルに言われてご飯の追加を用意しておいて良かった。
「ルリ、ただいま」
「!レオン、おかえりなさい!」
振り向けばレオンが怪我もなく、元気な様子で立っていた。
良かった。
強いのは知っているけれど、やっぱり心配だったもの。
「たくさん作って待っていてくれたんだな。とても良い匂いがしている。騎士達が待ち切れない様子だ」
「ふふ。みんなの口に合うと良いんだけど。あ、もう出来るからみんなに並んでもらおうかな。ええっと、配膳は……」
「「「あたし達も手伝うよ」」」
突然の声に振り向くと、町の奥様方が腕に色々と抱えてこちらに近付いてきた。
「町の危機に飛んできてくれた騎士団の方たちに、差し入れをね」
「大したものじゃないけど。ほら、お姉さんが騎士さん達の為に作るの見てたら、あたしらも何かしなくちゃって思ってね」
「配膳も手伝うよ。これだけの人数、配るだけでも大変だろう?」
奥様たちの優しさに、胸がじんわりと温かくなる。
よく見れば肉屋さんやさつまいもをオマケしてくれた店の奥さん達もいて、ご主人も手伝いに行ってやれと言ってくれたらしい。
「さあ、では全員整列して料理をもらおう」
レオンの呼びかけで、第二騎士団のみんなは綺麗に整列する。
うーん、相変わらず流石だ。
第三の騎士さん達も、イーサンさんがしっかり指示してくれて同じように並んでくれた。
「まさかこんな所で青の聖女様の手作り料理が食べられるなんて!」
「ありがとうございます!しっかり味わって食べます!」
配膳していると騎士さん達からそんな声をかけられる。
うーん、そんな有難がられる程の料理じゃないんだけどなぁ。
あんた聖女様だったのかい!?と奥様方にバレてしまったけど、あまり気にしないでほしいと伝えれば、呆気にとられてはいたが今まで通り接してくれた。
そして、差し入れのお礼と言うほどでもないが、私達の作った料理も勧めてみれば、皆さん喜んでくれた。
レシピも教えてほしいと言われたので、後から互いの料理を教え合うことを約束する。
こういうの、何かご近所付き合いみたいで楽しい。
「さすが瑠璃さん、もう町の人達と仲良くなっちゃってるのね」
「お料理、ありがとうございます。今日も美味しそうですね」
「紅緒ちゃん、黄華さん!おかえりなさい。無事で良かった」
せっせと配膳していると、紅緒ちゃんと黄華さんもやって来た。
こちらの世界ではなかなか食べる機会がなかったであろう定食風味な夕食に、ワクワクしているみたい。
「こういうガッツリ系、久しぶりだわー!」
特に紅緒ちゃんは完全に頬が緩んでいる。
若いもんね、たくさんお肉食べると良いさ。
そしてウキウキと騎士さんたちに混じって食べ始めた。
そんなふたりの様子に、奥様方はさらに驚き、意外と聖女様方って庶民派なんだね……と漏らしていた。
まあ黄華さんはともかく、元々一般人だからね。
あははと苦笑しておいた。
「「お姉さーん、焼けたよー!!」」
「あ、わざわざ持って来てくれたのね。ありがとう!良かったらふたりも夕食、食べていって」
「「やったー!」」
頼んでいたものを持って来てくれた宿屋の子ども達も加わり、ますます賑やかになった。
「ルリ、お疲れ様。私達も頂こう」
配膳もほとんど終わったし、私もそろそろ頂こうかしらと思った所で、レオンが来てくれた。
奥様方や同じように配膳を手伝ってくれたアルの分を盛り付けると、ある人達の姿がなかったことに気が付く。
「ああ、あいつらなら――――」
「え!?そうなの?じゃあ、そうね……」
私の問いに答えたレオンの言葉を聞いて、私はある提案をした。
「くそ、ついてないぜ……」
「仕方ないとは言え、俺達だけわびしいよな……」
その頃、森の入口付近では、今日の見張りを担当することとなったギースたち、第二騎士団の騎士が、自分達の運のなさを嘆いていた。
パキッと缶詰の蓋を開け、一口頬張る。
確かに美味い。
以前の遠征食と比べたら、格段に。
しかし、今日は町で青の聖女様が手づから料理をしてくれているという。
ならば、そちらをご相伴に預かりたいと思うのは、自然なことである。
「シーラ様に言われて青の聖女様を危険な目に合わせた報いか……?」
以前、ギースはシーラの指示でアルフレッドを瑠璃から引き剥がし、何もなかったとは言え、恐い思いをさせてしまった。
まさかそうなるとは思っていなかったとは言え、申し訳ないことをしたとずっと思っていた。
「俺たちも、ですかね?」
そしてギースの側には、あの時運悪く瑠璃に剣を飛ばしてしまうという失態を犯してしまったふたりの騎士。
まさか、団長はあの時のことを未だに根に持っているのではないかと三人は思う。
「おーい、お疲れ」
その時、同じ第二騎士団の仲間が現れた。
何だ、運のない俺達を笑いに来たのかと三人はその騎士を睨む。
「おい、そんな顔をするなよ。ほら、青の聖女様から、差し入れだ」
よく見ると、騎士の手には大きな包みが握られていた。
差し入れと聞き、目を輝かせて包みを開く。
「おおお!?」
「なんだこりゃ!?」
「「「うまそう!!!」」」
そこには、重箱のような物にぎっしりと詰められた、瑠璃の料理と町人からの差し入れが入っていた。
「俺、一生青の聖女様に忠誠を誓う」
「俺も」
「俺も」
うまい、うますぎると涙を流しながら、ギース達は料理を頬張ったのだった。




