野営定食
「じゃあ、まずは今日のメインのお肉ね」
緊急事態のため、お店の食材はあまり充実していないが、出来るだけ提供したいと町の方々が言ってくれた。
自分達も大変だろうに、皆さんとても協力的だ。
使いたいと思っていた豚肉は、運良く在庫がたくさんあって、みんなが満足できそうな量を確保することができた。
「あとは野菜だけど……」
こちらはキュウリやニンジン、ダイコンなどの新鮮で割と量に余裕のあるものと、ジャガイモなどの保存のきくものを選んだ。
キュウリなんかは漬物にしておけば数日持つしね。
ジャガイモは腹持ちも良いし、エネルギーになる。
「いやぁ、お姉さん若いのに良い目してるね〜。新鮮なものばかり選んでるよ!」
「あ、あはは。騎士のみんなに美味しいものを食べさせてあげたいので……」
野菜を売ってくれたおじさんにそう答えると、じろりとアルに睨まれる。
半分は本当だけれど、これはこっそり鑑定を使っているから。
少しでも長持ちするものを選びたいもの、必要なことなのだ!
「おっ!こりゃあさては騎士の中に好い人がいるな!?いやーお姉さんべっぴんさんだからな。ひょっとして相手はこっちのやたら綺麗な顔した兄ちゃんか!?」
「へっ!?」
「残念ながら私はただの荷物持ちです。しかし、騎士の中にいるというのは当たっていますね」
ちょっとぉぉぉーーー!
アル!何勝手に答えてるのよ!!
ぷるぷると震えながらアルを睨むが、ふいっと顔を逸らされてしまった。
「ははは!お姉さんかわいいね!ほら、オマケだ。うまいもん食わせてやって、討伐頼んだよ」
「あ、ありがとうございます……」
おじさんが僅かしかなかったサツマイモをくれたので、赤くなった顔を隠すことは諦めて、ありがたく頂くことにした。
しかしそれほど量がないのでどうしようか……と悩んでいると、ピンとひらめいた。
「あ、そうだ。まだ時間があるから、作ってみようかな」
「また何か思い付かれたのですか?」
ちょっとアル、そんなに嫌そうな顔しないでよ。
今回は別に変なことやろうとしてる訳じゃないんだから。
「あのね――――」
思いついたことをアルに話すと、成程、と頷いてくれた。
「それはいい考えですね。では、宿の女将にオーブンを借りれないか聞いてみましょう。作業は野営する広場でやって、焼く時に持って行けば良いですから。しかし夕食の準備もあるのに、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫!ありがとう」
よしよし、アルの許可がもらえたら後は作るだけだ。
「ルリ様、女将の了解が取れたようです。それと――――」
「「お手伝いに来ました!」」
夕食の下ごしらえをしていると、アルからそんな報告が入る。
そしてそのうしろには、15歳前後のふたりの少年少女。
「宿屋の子どもで、どうやら騎士達のために手伝いがしたいとやって来たようなのです。どうされますか?」
戸惑うようなアルの声に、私も少したじろぐ。
でも騎士達のために、っていう気持ちは嬉しい。
「――――そうね、じゃあお願いしようかしら」
「「やった!」」
どうやらふたりは宿の厨房で手伝いをしているようで、料理に手慣れていた。
アルの他に三人お手伝いの騎士さんがいたが、その……、彼らよりも余程手付きが良い。
包丁遣いも危なげがないし、汁物を作るのに野菜をたくさん切らないといけなかったので、かなり助かった。
「さて、じゃあこれを宿に持って行って、お母様に焼いてもらっても良いかしら?」
お手伝いしてくれたお礼に、ふたりにもあげるわと伝えれば、喜んで持って行ってくれた。
ちらりと空を見れば、少しずつ日が落ちている。
「そろそろ帰ってくる頃ですね」
「そうね、じゃあ焼き始めるわ」
じゅうっと油を入れたフライパンににんにくを入れると、食欲をそそる匂いがしてきた。
きっとお腹空いてるだろうし、帰ったらすぐ食べたいよね。
魔法で保温もできるから、少しくらい早めに焼いても問題ない。
今日のメニューは、スタミナ豚丼に具だくさん味噌汁、キュウリとニンジンの漬物。
そう、今回の遠征、米と味噌を持って来ていたのだ。
ご存知の通り保存もきくし、栄養価も高い。
遠征食にはうってつけだと思うのよね。
今までご馳走してきた感じでは、この国の人も味噌汁に抵抗なさそうだったし、美味しいと言ってくれる人がほとんどだった。
一応同じ具で洋風のスープも作っておいたので、好みで選んでもらえればと思う。
にんにくと玉ねぎをたっぷり入れて焼いた豚肉は、油でキラキラと美味しそうに輝いている。
タレはご飯に乗せたときに下まで染み込むように多めに作った。
これ、絶対みんな好きでしょ。
「うわ、すごく美味しそうですね」
「でしょ?ご飯にタレが染み込んで箸が進むんだから!」
これはお代わり希望者が殺到しそうですねとアルが言うので、慌てて追加のご飯を炊く。
そ、そうよね。
ベアトリスさんも“騎士達の食欲は無尽蔵”って言ってたっけ。
最悪、タレご飯で食べそう……。
「よし。では今日はここまでにして町に戻ろう」
レオンハルトの呼び掛けで、騎士達が撤退の準備をする。
もちろん見張りとして何人か森の入口につけるものの、イーサン達第三騎士団も一緒に戻ることになっている。
「あー腹減ったな」
「今日は青の聖女様が夕食の準備をして下さっているらしいぞ」
「何っ!?」
先行部隊として早々にこちらにやって来た第三騎士団は、正直に言ってこれまでまともな食事をとれていなかった。
開発された遠征食も、調理せずに缶詰をそのまま食べるなど、かなり簡易的な食生活を送ってきていた。
そのため、瑠璃の手料理と聞いて目を輝かせるのも無理はない。
わいわいと盛り上がる騎士達の姿を見て、紅緒と黄華も表情を緩める。
「遠征に来て食事が楽しみだなんて、今までなかったわよね」
「そうですねぇ。缶詰やパックも美味しいですが、やっぱり愛情たっぷりの出来立てご飯には敵いませんもの」
明日からは本格的に森での討伐が始まる。
その前の束の間のひと時を楽しんでも良いのかもしれない、そう思って互いに微笑み合った。




