適材適所
そして出立から三日。
「そろそろですね」
アルが窓から外を見てそう呟いた。
いよいよ、大量発生が起きたという町に到着する。
どうやら先行部隊として出たイーサンさん達第三騎士団の活躍で、町の近辺は随分討伐が進んでいるらしい。
町に入るまでに戦闘が必要かもしれないと言われていたが、このまま町に入れそうだとのこと。
あまり外は見ない方が、と言われたので、恐らく討伐された魔物が倒れているのだろう。
正直、私は魔物に遭遇したこともないし、死んだ魔物やその臭いに耐えられるか分からない。
いくら直接戦闘に関わることが少ないとは言え、間違いなく気力との戦いになるだろう。
「恐ろしいならば、このままお帰りになりますか?」
はっとしてアルの方を見ると、感情の見えない表情をしている。
「慣れろとは言いません。しかし、民の前で無様な姿を見せることは、許されませんよ」
今までにない、厳しい言葉。
けれどそれは、きっと私を思ってのもの。
「……分かってる。もし私がみっともなく取り乱したら、遠慮なく叱って」
「上等だね、ルリ」
「ええ。さすがルリ様です」
表情を引き締めた私に、カルロスさんとアルが頬を緩めた。
そうして町に入ると、思っていたよりも荒れている様子はなく、町人の姿もちらほら見られる。
どうやら町の中には入らせまいと、常駐する警備隊が周辺からも応援を呼んで頑張っていたらしい。
そしてイーサンさん達も驚きの早さで駆けつけたため、取りあえずは発生元となる森まで押しやることができたようだ。
町長さんが恐縮しながら出迎えてくれたけれど、公にお披露目されているわけではない私達は、馬車の中で待機。
窓から覗いていたのだが、挨拶等はレオンが代表して受け取り、しばらく休まれてはと言われていたが、すぐに森へと向かう旨を伝えている。
遊びに来たわけじゃないからね。
少しでも早く向かって原因を突き止めないと。
すると、レオンが私達の乗る馬車に近付いて来たので、窓から顔を出す。
「とりあえず今日は時間もないから様子見だけになるが、今から森に入る。それほど奥までは入らないから、ルリは町で待っていてくれるか?食料の調達などを手伝ってほしい」
「うん、分かった」
そうか、今日は留守番か。
少し拍子抜けした感じはあるけれど、素人をいきなり連れて行くのも大変だろうし、ここは大人しく従っておくべきだろう。
「カーネリアン殿は一緒に」
「あ、やっぱり?まあベニオとオウカが行くんだからオレも行かないとね」
紅緒ちゃんと黄華さん、カルロスさんは行くんだ。
そうだよね、みんなは経験者だし戦闘にも参加できるもの。
分かっていたことだけど、ちょっと、ね。
「気を付けて下さいね」
そう声をかけると、カルロスさんがひらひらと手を振って馬車から降りる。
そして馬に乗った騎士さんと少し話して、そのうしろに乗せてもらっている。
相乗りさせてもらうみたい。
そして紅緒ちゃんと黄華さんの乗っている馬車と一緒に森へと向かっていく。
みんな、気を付けてね。
私も、落ち込んでたって仕方ない。
私は、私に出来ることを頑張れば良いのだから。
「ルリ」
そんなことを考えていると、レオンが馬車の中に顔を出した。
何か言い忘れたことでもあるのだろうか?
首を傾げながらも出入口に体を近付けると、耳元に顔を寄せてそっと囁かれる。
「そんな顔をするな。明日ルリ達に待機してもらう場所の確認と、様子を見に行くだけだから。それよりも、みんな長旅で疲れているからな。美味いものを用意して待っていて欲しい」
そしてちゅっと軽く頬に口付けられた。
突然の柔らかい感触に、ぱっと身を引いて頬を押さえると、レオンはくすりと笑って去って行った。
「〜〜〜っっ!!」
不意打ちだ、ずるい。
そして多分、一緒に行けないことを歯がゆく思っている私の思考なんて、お見通しなんだろうな。
確かに無理してついて行くよりも、美味しい夕食を用意しておく方が、余程疲れているみんなの為になるだろう。
「ほんと、ずるい……」
「そうですね。では早速参りましょう」
「!?あ、アル!?」
「いつからそこに、とかお決まりの言葉なら結構ですよ。忘れられていたようですが、最初から馬車の中にいましたからね」
しれっとそう答えるアルに、恥ずかしさのあまり私の顔が沸騰寸前になったのは、言うまでもない。
聖女だと知れると色々面倒なので、ただの食事係のフリをして町中を歩く。
聖女様は騎士を連れて早速森へと行かれた!と話題になっているみたいなので、誰も私を聖女だとは思わないだろう。
因みに今日お世話になる宿は一応あるが、全員が寝泊まりできるわけではない。
かなりの人数で来ているし、スタンピードのせいで普段よりは少ないが、冒険者さんたちも泊まりに来るから。
宿を使わせてもらえる私からしたら申し訳ないのだが、騎士さんのほとんどは広場を借りて野営するんだって。
まあ原因究明と解決に時間がかかりそうであれば、明日以降は私達も森で野営の可能性が高いんだけどね。
そのためにも、ゆっくり食べられる今日の夕食の準備と、食材の調達をしっかりせねば。
食事は全員が野営地でとることになっているから、イーサンさん達、第三騎士団のみんなも食べてくれるのかな?
きっと急な遠征と連日の戦闘で疲れてるよね。
何か美味しくて力のつくものを食べさせてあげたい。
「みんな何が食べたいかな?やっぱりお肉かな?」
隣を歩くアルに聞いてみると、それは間違いないでしょうねとキッパリと言われた。
うーん、やっぱり男性はそうよね。
でも新鮮な野菜を食べられるのは今日くらいだし、野菜もちゃんと摂りたい。
なおかつ男性好みのガッツリ飯。
ここは、定食屋さんメニューかしら。
「うん、メニューは思い付いたわ。あと日持ちしそうな食材も確保しないとね。……そういえば、私たちふたりでそんなにたくさん持てるかしら?」
「大丈夫ですよ。野営地に運んでもらうよう依頼すれば良いのですから」
なるほど、助けに来てくれた騎士団のためなら、それくらいはやってくれそうだ。
それならば、持てる量を気にせず買い物ができそう。
「ラピスラズリ団長に任されましたからね。美味しい夕食を用意して皆を驚かせましょう」
「――うん」
私のちっぽけな悩み、きっとアルにもバレているんだろうな。
欲張りはよくない。
適材適所、私は私の役目を頑張ろう。
改めてそう気合を入れるのだった。




