乱す
キリがいいので短めです、すみません。
『その不自然なチャラチャラした笑い、いい加減止めてくれない?』
『私も人のことは言えませんが、それ、疲れません?』
「―――って言われた」
「ぷっ」
「うわ、なにその笑い。ひどくない?」
はあっと息を吐いて、またカルロスさんは頭をぐしゃぐしゃとかきまわした。
せっかくの色男が台無しだが、そんな姿の方が彼らしい。
そんな風に思ってしまった。
話を聞くと、カルロスさんはカーネリアン家の養子らしい。
類稀な聖属性魔法持ちということで、分家から連れて来られたのだとか。
「別にそれに関しては本当の家族も今の両親も恨んでないよ。正直、色々援助してもらって助かったし」
しかし、義父、つまりカーネリアン子爵はなかなかの野心家らしく、カルロスさんを使って今の地位からのし上がろうとしていたようだ。
優秀な魔力に加え勤勉な態度に大層喜び、いわゆる逆玉の輿も狙っていた。
どんどん増長する子爵に、心優しい子爵夫人は悩み、三つ年上の嫡男も義息のことばかりで父親に蔑ろにされることを、不満に思うようになった。
これではいけない、自分がこの家族を駄目にしてしまうと思ったカルロスさんは、偽りの自分を作った。
女性にだらしない風を装う。
勉強や魔法の訓練は、止めれば良かったのかもしれないが、学びたいとの気持ちが強かったので、人に見られないよう夜遅くに部屋に閉じ込もって行った。
日中遊び呆けて疲れたから、と言って早めに部屋へ下がって。
そうした姿を見せれば、自然と子爵のカルロスさんを見る目が厳しくなる。
意外にも子爵は神経質なところがあり、そうしたチャラチャラした振る舞いは嫌いだったようだ。
妻一人を大切にする姿があったということもあり、元々は悪い人間ではないと思われる。
そんな折、義父から冷たく言われた、『お前の魔術師団入りが決まった』との知らせ。
願ったり叶ったりだと思ったと言う。
上司となったシーラ先生もきちんと指導してくれる尊敬できる人だったし、自分に色目も使わない。
しかし、今までのように振る舞わないと、また自分を利用しようとする人間が出てくるかもしれない。
そう考えたカルロスさんは、軽薄な男を演じつつ、仕事は目を付けられない程度にこなし、今に至っている。
「まあ、でもオレも健康な男だからね。割り切った関係を楽しむこともあったし、ルリが思っているほど優しくもないよ」
そう言ってカルロスさんはパンパンと裾を払い、立ち上がる。
「さ、そろそろ出発の時間でしょ?行こう」
この話はこれで終わりだと、からりと笑ってカルロスさんは言った。
カルロスさんが何故ああいう振る舞いをしているのかは分かった。
きっと元々の優しい性格から、困っている女性を放っておけず助けながら。
でも、それに何と返せば良いのかは分からなくて。
ただ、先程とは違って普段と同じように笑う彼を、黙って見上げることしか出来なかった。
「ねえ、団長さん」
「……何でしょうか?赤の聖女様」
「あのふたり、ほっといて良いの?」
カルロスと瑠璃がああしてふたりで話し始めて数十分。
レオンハルトから醸し出される恐ろしいほどの冷気に、聞きたくても誰も言えなかったことを紅緒が聞いた。
赤の聖女様·紅緒ちゃん、勇者!
と皆が思ったのも仕方がないことである。
騎士達など、関わりたくない!と言わんばかりに距離を取っている。
「……私は、ルリを信頼していますから」
不機嫌さを隠しきれない声でそう答えるレオンハルトに、いや全然納得してないだろう……とその場にいる全員が思った。
レオンハルトだって、分かっている。
信頼しているならば、彼女の人間関係に口を出すべきではないということは。
しかし感情は別なのだ。
「……別に、良いと思いますよ」
そんなレオンハルトの気持ちに是と言ったのは、黄華だった。
「“心を乱す”と言いますが、それほど瑠璃さんを想っているということでしょう?理屈ではない感情を持つから、相手を誰にも譲れないと思うのではないでしょうか。元の世界で、私が経験出来なかった感情です。……少し、羨ましいですね」
思わぬ言葉をもらい、流石のレオンハルトも呆気に取られた。
「そうね。その感情に任せて束縛する男は嫌いだけど、団長さんはちゃんと理性で抑えてるものね」
今度は紅緒もそれに続く。
それにまた驚いていると、瑠璃達の会話は終わったようで、カルロスが馬車へと戻って行く。
「これからも、瑠璃さんをよろしくお願いしますね」
ふたりの聖女もまた、そう言って腰を上げた。
「レオン、そろそろ出発だ」
「あ、ああ」
しばらく呆然としていたレオンハルトだが、ウィルの声に我に返り、騎士達に出発の声を掛けるためその場を離れた。
「……心を乱す、か」
自分は、どうだっただろうな。
ひとりその場に残されたウィルの呟きは、誰の耳にも届かなかった――――。




