道中
王都を離れて二日目の昼前。
ここまでは特に遅れや問題もなく、順調だ。
天気の崩れがなく、走りやすい地面だったこともあって、明日予定より早めに到着できるだろうとの見込みだ。
今も魔物に怯えている人たちがいるのだから、たとえ少しでも早いのは良いことだろう。
それを言うなら、私達が馬に乗れれば良かったんだろうけど……。
相乗りするにしても、流石に二日乗りっぱなしはお尻が大変なことになるとの配慮で、馬車移動となったらしい。
うう、申し訳ない。
因みに紅緒ちゃんは少しずつだけど乗馬の訓練を始めているんだって。
すごいよね、成長著しいって感じ?
前向きに自分の出来ることを増やそうとしている紅緒ちゃんは、まだ十代とは思えないくらいしっかりしている。
そりゃあの陛下だって気に入っちゃうはずだわ。
「……瑠璃さん、声に出てるわよ」
「ダダ漏れですね」
「わざとではないのですか?」
同乗している三人から、すかさずツッコミが入った。
順に紅緒ちゃん、アル、アルバートさんだ。
「あれ?聞こえた?」
「〜っ!って言うか、別にあいつはあたしのこと気に入ってる訳じゃないし!」
またまたー照れちゃって!
「瑠璃さん、顔、うるさいわよ」
「ひちゃい、ひたいかりゃっ!」
紅緒ちゃんはギリギリと私の頬を両手で挟み、潰そうとする。
もう言わないから!と約束すれば仕方無しに力が緩められた。
い、痛かった……。
ヒリヒリする頬をさすりつつ、もう一台の馬車内はどうなっているのだろうかと思案する。
今回の遠征、機動力を考慮して、馬車は四人乗りが2台用意された。
そう、四人乗りだ。
聖女と各護衛騎士は基本セットなので、どうしても一組あぶれる。
その一組と、馬が苦手だというカルロスさんが相乗りしているのだ。
組み合わせは交代で行っているのだが、今は黄華さん、リオ君、カルロスさんが別の馬車に乗っている。
この三人って……どうなのかしら?
因みに紅緒ちゃん·アルバートさんペアとカルロスさんの時は、四時間程度同じ室内にいて、全く話が盛り上がらなかったらしい。
紅緒ちゃん、カルロスさんのこと苦手そうだったし、アルバートさんも寡黙だもんね。
リオ君も同席を渋ることがあり、順番に交代とは言うものの、割とまともに話せる私とアルが
カルロスさんと組む時間が多かった。
まあ私もカルロスさんと聖属性魔法の話ができるから、とても建設的なんだけどね。
「そろそろ休憩地ですね」
アルがそう言ってすぐに、馬車が止まった。
急ぎとは言え、日がな一日馬を走らせる訳にもいかないので、朝昼晩と食事をとるための休憩をはさんでいる。
そこで私の出番というわけだ。
「瑠璃さん、手伝うわ!」
「ありがとう紅緒ちゃん。じゃあ一緒に玉ねぎ、切ってくれる?」
「では私はお湯を沸かすのと、他に何か出来ますか?」
「黄華さん、助かります。サンドイッチを挟むのを手伝ってもらえますか?」
腕まくりをしてやる気満々の紅緒ちゃんと、直接料理はしないものの、色々手伝ってくれる黄華さん。
そう、食事係だ。
今回参加しているのは第二騎士団のみんなと魔術師団の方が数名。
当たり前のように料理はちょっと……と口を揃えて言う。
なら、私がやるしかないわよね。
メニューは照り焼きチキンサンドにオニオンスープ。
箱パンではなく、保存のきくバゲット風のパンに真空パックのチキンを挟んだもの。
生野菜も少しだけ持って来ているので、レタスも一緒に。
盛り付け技術がピカイチな黄華さんの手にかかれば、これが遠征食!?と驚かれる一品となる。
紅緒ちゃんと一緒に作った玉ねぎとベーコンのスープを添えれば、簡単リッチなランチ風だ。
「「「いっただっきま〜す!!」」」
「うまい!今日もうまい!!」
「これで遠征食……!しかも聖女様方の手作り……!!」
うーん、みんなオーバーだなぁ。
一心不乱にガツガツと食べる騎士さんに、涙ぐみながら噛みしめるように食べる魔術師さんなど、そんな大したものじゃないんだけどなぁと私達三人は苦笑いだ。
「いや、ルリの開発した保存食のおかげでかなり改善されたが、普段はここまでじゃないからな」
「ええ。しかも美味しい上に見た目も良く、回復効果まで高い。彼らがああなるのも、当然ですよ」
レオンとウィルさんが感心したようにそう言ってくれた。
確かに初日、騎士さん達が配膳くらいと手伝おうとしてくれたのだが、その、なかなか豪快な盛り付けだった。
それに衝撃を受けた黄華さんが、黙って見ていて下さいと一喝。
結局、調理に心得のある人以外は手出し無用となったのだ。
私達三人が手を加えたので、もちろん作ったものには回復効果もしっかりついている。
「あ、ホント。美味いしお尻の痛みも引いてきた。馬車とは言え、ずっと座りっぱはなかなかくるんだよね〜」
少し離れた所に座っていたカルロスさんも、そう言って褒めてくれた。
彼の言う通り、馬車にはクッションをひいてくれていて、かなり衝撃を和らげてくれているのだが、それでも長時間座っていると結構辛いのだ。
さり気なくカルロスさんの側に腰を掛け、いただきますをする。
ぱくりとサンドイッチをかじると、少しずつ痛みが和らいできた気がした。
「あの、カルロスさんにちょっと聞いてみたいことがあるんですけど」
「うん?何」
「どうして、その優しさを隠そうとするんですか?」
私の質問が意外だったのだろう、カルロスさんは面食らったような表情をした。
休憩に入ってすぐ、私達が食事の用意をしていた時、カルロスさんが馬車を引く馬達にヒールをかけていた。
『おつかれさん。大して効果はないかもだけど、少しは疲れも取れるでしょ』
そう声をかけながら。
すごく優しい表情をしていて、ああ、この人の本当の顔はこれなのかもしれないと思った。
少し前に偶然クリスティーンさんに会ったことも話すと、カルロスさんは観念したようにガシガシと頭を掻いた。
「……別に優しいとは思わないけど。まあ、色々誤魔化してるのは本当。ってか、何あんたら。聖女様ってのは鋭いね」
あんたら?
「馬車の中でさ。色々あったのよ」
そう言って、カルロスさんは話し始めた。




