出立
王宮に着くと、既に第二騎士団のみんなが馬や馬車の用意をしてくれていた。
もうすぐ出立だと思うと、やはり緊張する。
顔見知りの騎士さんが多いのにほっとするが、それでも初めての討伐だ。
特に私は足手まといになりかねない、気を引き締めないとと、自然と背筋が伸びる。
「瑠璃さん!」
「紅緒ちゃん、黄華さん」
声をかけられた方を見ると、ふたりが手を振りながらこちらに近付いてきた。
そのうしろにはシーラ先生とカルロスさんの姿もある。
「本当は私も一緒に行きたかったのに」
むぅとシーラ先生が頬を膨らませた。
討伐に参加しないということは、どうやら見送りに来てくれたようだ。
「仕方ないすよ。第二と第三の騎士団長がまとめて不在になるんですから、団長まで行くわけにはいかないでしょ。オレが代わりにちゃんと気ぃ張ってますから」
そう言うカルロスさんはしっかり魔術師団のローブを纏い、討伐用の格好をしている。
彼も数少ない聖属性魔法の使い手だ、回復役としての活躍を期待されて参加することになったのだろう。
「お揃いですね」
その時、ウィルさんも姿を現す。
今回彼も同行することになっており、しっかりと騎士服にマントを羽織っている。
今まであれこれと準備物の確認をして回っていたようだ。
「ご迷惑をおかけしないように頑張ります。今回はどうぞよろしくお願い致します」
ペコリと頭を下げると、ウィルさんは渋面を作った。
「……今更ですが、本当に行かれるのですか?」
私だけでなく、紅緒ちゃんと黄華さんのこともチラリと見て、ウィルさんがため息を零す。
どうやら彼は私達の参加に反対のようだ。
そういえば陛下の執務室に呼ばれた時も、一言も口を開かず、ずっと難しい顔をしていた。
「はい。足手まといかもしれませんが、出来ることは何でもさせて頂きます。ですから、よろしくお願いします」
「……怪我などされませんよう、気をつけて下さいね」
私がもう一度頭を下げると、そう言ってウィルさんは去って行く。
その背中を見つめていると、黄華さんが徐にその後を追って行った。
そしてリオ君も、それに続く。
「?何か、いつもにも増して厳しい顔してたわね、あの男」
「うん……」
「ルリ、早いな。……どうかしたのか?」
そこに現れたレオンに、私は事情を話した。
「成程な。別に煩わしく思っているわけじゃないから、ルリ達はあまり気にしなくても良い。あいつ自身の問題だからな」
「まあ、彼の気持ちも分からなくはないわよね」
レオンとシーラ先生の口ぶりからすると、どうやら何か事情があるようだ。
カルロスさんもうんうんと頷き、アルは何を考えているのか分からないが、無表情で黙っている。
ウィルさんを追いかけて行った黄華さんはどうしただろうかと、ふたりの向かった先を見つめた――――。
黄華は少し走ると、人気のないところでウィルに追いついた。
「ウィルさん」
そう声をかけるとウィルは足を止め、ゆるりと振り向いた。
「黄の聖女様。何か?」
考えの読めない表情をしているが、黄華が目を凝らして見れば、そこに見えるのは哀しみの色のオーラ。
先程の言葉は、ただの悪口や嫌がらせでないことは確かだ。
「何故、そんなに悲痛な顔をされているんです?」
遠回しに聞いてもはぐらかされるだけだと思い、直球だとは思いつつもそう尋ねる。
「……本来、貴女方は関わらなくても良いはずなのに。聖女には、ある程度の権利が許されている。いくら陛下や宰相殿の頼みとはいえ、嫌だと断れば良いものを。何故そうもわざわざ危険に首を突っ込みたがるのですか?」
珍しくきちんと答えてくれたウィルに、黄華は少しだけ驚いた。
「随分と吹っ切れた様子ではあるが、特に貴女は……」
恐らく少し前に倒れた時のことを言っているのだろう。
気遣うようなウィルの言葉にまた少し驚くと、ゆっくりと口を開いた。
「私が決めたことで、陛下や宰相様達に強要されたわけではありません。こんな私でも役に立てると分かって、私が、やりたいと思ったんです」
黄華も、これまでとは違って答えをはぐらかさずに伝える。
ふたりの間に沈黙が暫く落ちたが、ふぅとウィルは息をつくと、苦々しく笑った。
「同じことを、言うんですね」
「?誰と?」
「いえ、黄の聖女様も、十分お気を付けて下さい。我々も精一杯お守りさせて頂きます」
その問いには答えず、ウィルは去って行った。
残された黄華にリオがそっと声をかけると、戻りましょうかと返ってきた。
瑠璃達の待つ場所に戻ろうと歩き始めると、リオが呟く。
「僕も、貴女をちゃんとお守りしますから」
「急になんです?もちろん、頼りにしていますよ?」
そう答えて前を向く黄華のうしろ姿を、リオはじっと見つめた。
黄華さんとリオ君が戻り、何でもない話をしていると、そろそろ出発の時間だという頃に、騎士さん達からざわめきが起きた。
何だろうとそちらを向くと、そこにいたのはカイン陛下だ。
え、ひょっとして見送りに?
わざわざ?とも思ったが、そういえば私達は聖女だったと思い出し、それにきっと紅緒ちゃんのことも心配よねと納得する。
「そろそろだな。我が国の事だというのに、一緒に行けないことを申し訳なく思う。どうか民を助けてやってくれ」
真っ直ぐな眼差しに、私達三人は頷きを返す。
そして陛下の視線が紅緒ちゃんに止まる。
「無事に戻れよ」
「っ!当たり前でしょ!?」
素直じゃない紅緒ちゃんに、陛下は可愛くないぞと苦言を呈した。
うるさい!とかみつく紅緒ちゃんとのやり取りが、どこか楽しそうだ。
そんなふたりの様子を、私達は微笑ましく思いながら見つめる。
最後に陛下はレオンへと向き直る。
「レオンハルト、頼んだぞ」
「御意に」
ただそれだけだったけれど、ふたりの間に信頼が見えた。
「出発するぞ!全員配置につけ!」
レオンの指示で、騎士さんたちが馬に跨がる。
私達も馬車へと案内された。
「ルリ、何かあったらすぐ私に通信を飛ばしなさい。何があろうと、飛んで行くから」
別れ際、シーラ先生がそう告げる。
「ありがとうございます。いってきます!」
“何があろうと飛んで行く”なんて、魔術師団団長様にはそんな勝手、許されないはずだ。
けれど、その心が嬉しくて。
精一杯、自分に出来るだけのことをやろう。
改めてそう決意し、私達は出立した。




