要請
そして私達三人は、イーサンさんと一緒にカイン陛下の執務室へと向かった。
イーサンさんはどうやら用件に心当たりがあるようで、「いよいよか」などと言っている。
どこか楽しげなのは、気のせいではないだろう。
しかし、いよいよ何だというのだろう?
護衛騎士のみんなのこともチラリと様子を見たが、みんな硬い表情をしている。
その時、不安なのだろう、紅緒ちゃんがきゅっと私の服の裾を掴んだ。
そんな紅緒ちゃんに、大丈夫という意味を込めて微笑んだつもりだが、上手く笑えただろうか。
そうこうしているうちに執務室にたどり着くと、イーサンさんが見張りの騎士さんに声をかけ、扉を開く。
緊張した面持ちでイーサンさんの後について私達が入室すると、そこにはレオンの姿もあって、少しだけほっとする。
レオンの他には、ウィルさんと、あとは……珍しく宰相さんもいた。
宰相のシリル=エメラルドさんとは、遠征食のことで何度かお会いしただけだが、とても立派な方だ。
明るめの茶髪に綺麗なエメラルドグリーンの瞳をしていて、目元の皺すらもその魅力を引き立てている、素敵なおじさまである。
40を過ぎたくらいと聞いているが、まだまだお若くて、多分、いや絶対に女性の人気もあるだろう。
しかし、宰相と言うからにはかなりのやり手のはずだ。
そんな宰相様がいらっしゃるということは、恐らくかなり深刻もしくは重要な話なのだろうと気を引き締める。
「よく来てくれた。すまないな、訓練中に」
「……全くだわ。それで、私達に何の用?」
紅緒ちゃんが強がったような声で言う。
相変わらず素直じゃないなぁ。
少しだけ気が抜けたかと思うと、にっこりと穏やかに微笑む宰相様が口を開いた。
「聖女様方、討伐の要請で御座います」
その一言で、ひゅ、と空気が変わる。
討伐、つまり何処かで魔物が発生したということだ。
「しかも今回は日帰りで済むようなものではない。辺境の地で、魔物の大量発生だ」
続く陛下の声に、私の顔も強張る。
イーサンさんが予想していたのは、恐らく、これだ。
「創世の女神に託されたその力、我が国の民を救うために、どうか貸して欲しい。ベニオ、オウカ、そしてルリ。この要請、引き受けて頂けるだろうか?」
真っ直ぐな陛下の言葉に、私達は顔を見合わせた後、静かに頷いたのだった。
あの後、緊急の事態ということで、まずはイーサンさんが、第三騎士団の数隊を率いて先行部隊として今夜出発することとなった。
私達三人と第二騎士団は準備をしっかり行ってから明日の昼前に出発の予定だ。
詳しい情報は教えてもらえなかったが、魔物が発生したのは王都から離れているとは言え、かなり重要な地らしい。
今のところ何とか町への侵入は防いでいるが、それも時間の問題だろう。
人々の不安を考えたら、まずは少ない人数でもすぐに送るべきだ。
目的地までは馬を使って丸三日。
騎士さん達だけなら馬を飛ばせばニ日で着くらしいが、生憎私達に乗馬の経験はなく、馬車での移動となる。
足手まといにならないと良いのだけれど……。
今度レオンに馬の乗り方、習おうかしら。
そんなことを考えられるくらいには、私も意外と落ち着いているようだ。
突然の、しかも数日かかる遠征だ。
恐くないと言えば嘘になるが、レオンも一緒だからだろうか、思っていたよりも動揺は小さい。
そのレオンはというと、明日の出発の準備で忙しく、陛下の執務室を出てからは会えていない。
不安もあるから、一緒にいてほしい気持ちもあるけれど、我儘は言えない。
「るりせんせい、きょうは、いっしょにねてくれる?」
「うん、ありがとうリーナちゃん。私も一人で寝るのは寂しいから、助かるわ」
それに、不安で瞳を揺らすリーナちゃんの側についていてあげたい。
要請があった後、私はすぐにラピスラズリ邸に戻り、討伐の件を伝えた。
エドワードさんには既にレオンから連絡がいっていたようで、夕方の早い時間に飛んで帰って来てくれた。
みんなとても心配していたが、それと同時に応援もしてくれて、準備もしっかり整えてくれた。
そのため夜は、ゆっくり過ごすことが出来ている。
そんな時、リーナちゃんに共寝をねだられた。
これまで寝かしつけは何度もしてきたが、一緒に寝るのは初めてだ。
エドワードさんやエレオノーラさんも、私が良ければと言ってくれて、こうしてリーナちゃんを部屋に迎えている。
実はリーナちゃんには泣いて引き止められるかな?と思っていたのだが、黙って堪えてくれている。
きっと、我儘言っちゃいけないって思ってるんじゃないかな。
「ねえ、ぎゅってして寝ても良いかしら?」
「!うん!」
少しでも、安心してもらえるように。
広いベッドだ、リーナちゃんとふたりで横になっても狭くは感じない。
向かい合ってその小さな体を抱きしめると、柔らかな体温がじんわりと私の心も温めてくれる。
「るりせんせい、あったかい」
「リーナちゃんも、あったかいよ」
くすくすとふたりで笑い合う。
「せんせいなら、だいじょうぶ。こまっているひとたちのこと、たすけてあげてね」
「うん、頑張るわ。リーナちゃんからパワーもらったから、できる気がする」
本当は少し恐いけれど、精一杯の強がりを見せる。
そんな私の言葉に、リーナちゃんは安心したのか、とろりと瞼が垂れてきた。
「きをつけてね。それで、かえってきたら、またわたしといっしょにねてくれる?」
「うん、約束」
えへへと笑うと、リーナちゃんは穏やかな寝息をたてはじめた。
きゅっと私の服の裾を握って。
「ありがとう、リーナちゃん」
柔らかい体を、もう一度きゅっと抱きしめる。
その時。
『……り、ルリ、聞こえるか?』
「!レオン?」
どこからか聞こえるレオンの声に、私はそっとリーナちゃんから体を離した。




