優しさ
「す、すみません!見ず知らずの方の膝の上でうっかり熟睡してしまうなんて!」
目を開けた途端、女性は慌てて謝ってきた。
いやいや、無理矢理横にさせたのは私だし、眠ってしまったのはスキルのせいだから、貴女には何の落ち度もないんですよ。
……と言いたいが、色々バレるとアルに睨まれそうなので、曖昧に笑って大丈夫ですと言うにとどめた。
しかし、そろりと伺うような女性の視線に、ドキリとする。
「あの、ひょっとして貴女は。その、“青の”?」
周りを気にしつつ、小声で聞いてくれた。
色々と分かっているようで、助かる。
あまり騒がれたら困るもの。
「えっと、まあ、一応。お疲れのようでしたが、体調はどうですか?」
「やっぱり!なんだか気怠さが抜けて頭もスッキリしていたので、これはもしかしてと思いまして。私などのために、ありがとうございます」
女性はそう言うと表情を明るくして深々と頭を下げてくれた。
やっと悪阻がおさまったものの、やはり疲れやすいので、こまめに休憩を取らせてもらいながら仕事を続けているらしい。
勿論お腹の赤ちゃんのことも大切だが、今まで築いてきた仕事での功績も失いたくないと、頑張っているらしい。
ふくらんだお腹を撫でながら、女性はそう話してくれた。
「でも、赤ちゃんに何かあってはいけませんから、無理はしないで下さいね。また何かあれば、力になりますから」
「ありがとうございます。ふふ、カルロスと良い、やはり聖属性持ちの方は皆さん優しいのでしょうか」
そこで意外な人物の名前が出てきたのに目をぱちくりさせる。
「ああ見えて彼、すごく優しいんですよ?悪阻に苦しんでいる時も、少しだけど回復効果のあるからとサンドイッチを持って来てくれたり。まあ、その、見た目はちょっと個性的でしたが」
それって、あの検証会の時の?
確かに、誰に渡すかで書記官の人の名前を言っていた気がする。
女性に名前を尋ねると、クリスティーンだと返ってきた。
「確か、そのような名前だったかと」
アルにも確認してみたが、やはり私の記憶と一致するようだ。
「何かちょっとカルロスさんの印象、変わったかも」
「そうですね」
ラピスラズリ邸への帰り道、馬車の中で私とアルは向かい合って話していた。
クリスティーンさんとはその後少しだけ話をしてから別れ、彼女は仕事へと戻って行った。
クリスティーンさんは今の旦那様と出会う前に、別の男性と色々あったのだが、カルロスさんに相談にのってもらっていたらしい。
その色々が解決して今の旦那様と結婚し、妊娠した今も、時々気にかけてくれるのだとか。
誤解されがちだが、カルロスさんとそういう関係になったことはなく、また、相談にのってもらっている女性も多いと、柔らかい笑顔で話してくれた。
『彼、見た目はすごく遊んでそうでしょう?でも、本当はとても真面目なんです。相談していると、寂しさからカルロスに迫る女性も多いのですが、自分を大切にしろと必ず断られるみたいですよ』
エドワードさんが言っていた、外から見ているものと内の真実は違うって話、今なら分かる。
もしかしたら、サンドイッチを渡す相手を悩んでいた時の、もうひとりの女性も、何か事情のある人だったのかもしれない。
「まあ、でも彼女の旦那様などはあまり彼のことをよく思ってないでしょうね。自分の妻に優しくする男、気が気ではないでしょう」
「……確かにね」
とは言え、男性の意見は違うようだ。
アルのばっさりとした言葉に、苦笑いで返す。
その上、あの人は良い人なの!とか奥さんに庇われたら、それはもう嫉妬するだろう。
うーん、カルロスさんてば罪なお方だ。
確かに園のママ達も、旦那さんの愚痴を言う時は揃って同じことを言ってたもんなぁ。
結婚したら変わった。
若い時は優しかったのに。
たまに若いイケメンに癒やされたくなる。
等々……。
多分だけど、男の人って奥さんに甘えちゃうのよね。
そして奥さんは話を聞いてくれる、旦那さん以外の男性に癒やしを求めてしまう。
るり先生はちゃんとした男を見つけるのよ!って言われたっけ。
……レオンはどうだろう。
想像してみたが、優しくて甘やかしてくれるイメージしかない。
そこで目の前にいる存在を思い出し、アルはどうだろうと想像する。
こちらも厳しいことは言うが、基本的には紳士的で優しいし、奥さんを大切にしそうだ。
そう思うのだが、ふたりも結婚したら変わってしまうのだろうか?
「また何か考えていますね。まあ、どうせ団長殿のことでしょうが」
ぐっ、鋭い。
でもここで男性側の話も聞いてみたいと思ったので、考えていたことを素直に話していく。
口ではあんなことを言っているアルだが、話はちゃんと聞いてくれるし、意見も述べてくれる。
元の世界の奥様方の愚痴についても、成程と苦笑しながらも、男とはそういうものかもしれませんねと同意していた。
「ですが、私は大切な女性を蔑ろにはしませんよ。大切にし続けます。……安心して下さい。ラピスラズリ団長殿なら、貴女を甘やかす役目を他の男に奪われるようなことはしないでしょう。あの様子では、貴女への溺愛が変わることはないでしょうしね」
「べ、別にそこまでじゃないわよ?」
いやいやそこまでですよとアルが首を振る。
……そうなら嬉しいけど。
それにしても、アルにも大切な女性がいるのだろうか?
以前は、ベアトリスさんのこともあって女性には騙されないとか言っていたけれど。
先程の誠実な言葉と表情は、大切な人がいると言っているようだった。
もしそうだったら、上手くいくと良いな。
多分アルに聞いてもはぐらかされるだろうけど。
「アル、いつもありがとう」
日頃の感謝を込めてそう伝えると、貴女の護衛騎士ですから当然ですよと優しい笑顔が返ってきた。




