聖女会議8
リーナちゃんとそんなやり取りをしてから数日後。
私は今日も王宮にいた。
最近めっきり王宮に通う日が増えているのは、気のせいではないだろう。
公園事業も順調だし、魔法の講義や訓練に混ざっての実技もずいぶん成長が見られる。
元々聖属性魔法のレベルはMAXだったんだけど、やっぱり練度とかタイミングとかで、実践で使えるかが変わってくる。
今のところ回復魔法は治療しか使ってないけど、随分発動までの時間も短縮できるようになってきた。
「んーここだけの話だけど、瑠璃さんなら範囲回復魔法も使えそうよね」
のんびりとお茶を口にしながら、紅緒ちゃんが爆弾を投下した。
「……ちょっと待って、聞かなかったことにしても良い?」
毎度お馴染みこの流れ、今日は交流会から始まるんですか?
どうやら陛下の配慮らしく、訓練や講義の合間に時々私達聖女の交流会も挟んでもらっている。
この女子会とも言える時間は、忙しい毎日のちょっとした癒やしだ。
それなのに、また何やら陛下やアルにため息をつかれそうな、紅緒ちゃんのこの発言。
「シーラ先生に聞かれたら、喜々として練習させられそうなんだけど……」
「うん、そうよね。だから私達だけの時に言ったの。ほら、討伐に出ることになったら、その……“もしも”があるかもしれないじゃない?」
「ああ、なるほど」
紅緒ちゃんの言いたいことが分かったのだろう、黄華さんが頷く。
「今までは軽いケガとかしか見てこなかったけど、ひょっとしたらたくさんの魔物に囲まれて……なんて場面に遭遇する可能性もあるもの」
紅緒ちゃんの心配はもっともだ。
確かにそうなった時、一人ひとり治療をかけていくよりも、たくさんの人を一度に回復できる方が効率が良い。
しかし、それではますます私のチートが浮き彫りになりそうだ。
まだ出来るかどうか分からないが、治癒の件と同じく、必要に迫られるまでは秘密にしておこう。
「うん、念の為練習しておくよ」
私が了解したので、紅緒ちゃんがほっとした表情を見せた。
それからも話を聞いていくと、紅緒ちゃんは元の世界でゲームが好きだったから、それを生かして色んな魔法を真似てるんだって。
だから紅緒ちゃんが操る攻撃魔法は多種多様。
かなり討伐で期待されているらしい。
因みにふたりも私と同じで、頭の中に呪文が思い浮かぶタイプなんだって。
私だけじゃなくて良かった、と思う。
「ゲームの知識があると、魔法もイメージしやすいから、確かに良いですね。因みに私が出来そうな魔法はありますか?効果が高いとは言え、私が使える魔法は、この国の魔術師さんに教えてもらったものばかりなので、あまり多くないんですよ」
おお、黄華さんも新しい魔法を覚えるのに乗り気だ。
期待の眼差しで見れば、そうねえ……と紅緒ちゃんも考える。
今黄華さんがよく使っているのは、いわゆるバリア系の魔法。
物理と魔法、両方だ。
「支援系の魔法なら、攻撃力や魔法攻撃力を上げたり、物理防御力や魔法防御力を上げたりかな。でもそれは魔法よりも装備品で上げ下げするゲームが多いからなぁ。魔法でできるかは分からないわ」
「攻撃力と防御力の上昇、ですか」
黄華さんが考え込む。
うーん、魔法って、イメージが大切だって教わったけど、能力値の上昇ってイメージしにくいよね。
バリアならイメージしやすいけど、能力値は目に見えないものだから、尚更。
「あ、光属性魔法と言えば、光線の攻撃魔法もあるわよ。こう、レーザービームみたいなのが空から降ってくる感じ?」
閃いたとばかりに紅緒ちゃんが提案する。
そ、それはかなり強そうかも。
空からって……天罰みたい。
「へえ。まあ、色々考えてやってみます」
黄華さんがにこりと微笑む。
……なんか黄華さんならやりそう。
その面白そうな笑みがちょっぴり怖く思ったのは、私だけだろうか。
やれやれと思いながらも、黄華さんが前向きな様子を見せてくれたのに安心したのだった。
交流会の帰り道。
いつものようにアルと廊下を歩いていると、庭園の前を通ったところで、ひとりの女性の姿が目に入った。
日陰のベンチに座っているが、その顔色が少し悪い気がする。
アルに目線を配ると頷いてくれたので、そっと女性の方へと歩み寄った。
「大丈夫ですか?」
声をかけると女性は顔を上げ、頼りなさげに微笑まれた。
視線を下げると、それほど目立たないが、お腹がふっくらとしている。
どうやら妊婦さんのようだ。
「大丈夫です、少し疲れてしまったみたいで。しばらく休めば楽になりますから」
そうは言うが、やはり顔色が良くない。
「あの、少し横になっては?私の膝で良ければ、使って下さい」
女性は戸惑いを見せたが、半ば強引に横になってもらう。
膝枕の形になり、少し照れるがこれも人助けだ。
「ゆっくり、目を閉じて力を抜いて下さいね」
そうして、子守唄を口ずさむ。
そう、リーナちゃんを寝かしつける際によく歌っていたやつだ。
“癒やしの子守唄”のスキルなら、少しでも女性が楽になるのではと思ったのだ。
しばらくすると、女性の体から力が抜けたのが分かる。
「眠りましたか?」
「うん、しばらくこうしてあげても良いかな?」
アルがそっと顔を覗いてきたのに、そう答える。
今日はこれから何の予定も無いので、少しなら大丈夫だろう。
それにしても、妊婦さんというのは本当に大変だ。
自分は体験していないものの、先輩の先生が何人か妊婦さんとして働いているのを見てきたので、その大変さと苦労は目にしている。
書記官の服装をしているこの女性も、働く妊婦さんなんだろうな。
「お疲れ様です」
そろりとそのお腹を撫でて、赤ちゃんが元気に産まれますようにと願いを込める。
恐らく休憩に抜けて来たのでしょうとアルが言うので、あまり長く寝かせてあげない方が良いかもしれないと思い至る。
多分、妊娠してからも仕事をしている人は、その仕事に誇りを持っているだろうから。
その代わりと言ってはなんだが、こっそり治癒をかけておいた。
アルにも周囲を警戒してもらったので、誰にも見られていないはず。
そうして20分程して、私達は女性を起こすことにした。




