顔
「残念、時間切れだ」
散々私の頬や首筋、耳朶とキスを落としていくレオンは、これで終わりと最後に唇に軽く自分のそれを重ねた。
ちゅっ、と音を立てると何事もなかったかのようにソファから立ち上がる。
「さて、午後からはシーラやカーネリアンも一緒だ。ルリも随分訓練には慣れてきたが、気を抜かないようにな?」
じゃあ、訓練前にこんなことしないで欲しい。
短いようで長い甘いひとときのせいで、頭がくらくらしている。
「……何か、レオンばっかり余裕で悔しい」
私はこんなに翻弄されてるのに!
未だ立ち上がれないでいる私が、涙の滲む目で上目遣いに睨むと、レオンはしばらく固まった後、口を覆って視線を逸らした。
また笑われた!?
「もうっ!」
やっぱり悔しいと声を上げると、そんなこと無いと宥められる。
「自覚がないのが、一番恐いな」
「?どういうこと?」
言葉の意味が分からなくて聞き返したが、何でもないとはぐらかされる。
もう!いつか私がレオンを振り回してやるんだから!!
そのいつかが果たしてやって来るのかは分からないが、確かにもう訓練が始まる時間だ。
そろそろ訓練場に行かないとと、ふらつきそうな足を叱咤して立ち上がる。
「……余裕なんて無いし、俺の方がいつも惑わされていると思うのだがな」
「?何か言った?」
レオンの呟きが聞き取れ無かった私は、何でもないと微笑むレオンの後について、訓練場へと向かったのだった。
通い慣れた第二騎士団の訓練場に着くと、そこにはもう紅緒ちゃんや黄華さんの姿があった。
私達に気付いたふたりが、手を振ってくれる。
黄華さんだが、時々見ていた辛い過去の夢を、あれから一切見なくなったらしく、寝不足に悩むことも、体調が悪くなることもなくなったようだ。
僅かだけど、表情や雰囲気も以前より柔らかくなった気がする。
「今日もご一緒とは、相変わらず仲良しですねぇ。王宮内では、節度は守って下さいね?」
……からかうのが好きなのは変わっていないけれど。
そしてウィルさんと似たようなことを言われ、しかもそれを否定することも出来ないので、苦笑いしか返せない。
ちらりとレオンを見ると、こちらは動揺した様子も無く、至って冷静な表情をしている。
騎士さんたちに対して、と言うか家族や友人以外には普段からほとんど表情を崩さないらしい。
ちょうど一年前の出会いを思い出す。
確かに、私も険しい表情で見られたっけ。
まあ怪しい人間相手に、当然と言えば当然なんだけれど。
懐かしく思っていると、それが顔に出ていたらしい。
ひょいと怪訝そうにレオンが顔を覗き込んできた。
「ルリ?始めるが大丈夫か?」
今では、こんなに優しい目で私を見てくれる。
「うん。皆さん、今日もよろしくお願いします!」
「黄華さん、随分落ち着いたみたいだね」
「そうね。相変わらず第三の団長や女ったらしにはよく絡まれてるけど、まあ元気だと思う」
紅緒ちゃんとそんなやり取りを交わし、訓練が始まる直前に姿を現したシーラ先生とカルロスさんを、ちらりと見る。
そういえばエドワードさんに、彼とも一度向き合ってみると良いって言われたんだっけ。
それから何度か会ってはいるが、だいたいいつも、女性と話しているかシーラ先生に怒られているかだ。
でも、黄華さんにカルロスさんのことを聞くと、微妙な顔をするんだよね。
「あの方、悪い人ではないと思いますが、あまり甘く見ない方が良いですよ?」
とか言ってたし、カルロスさんと何かあったのかな?
「あのおにいちゃん、やさしいよ?」
訓練を終えてラピスラズリ邸に帰って来た私は、リーナちゃんとお絵描きをしていた。
もう何度か買い替えたペンは、すっかりリーナちゃんの手にも馴染んでいる。
以前からカルロスさんに良い印象を持っていたリーナちゃんに、カルロスさんのことを聞くと、やはり先程のような答えが返ってきた。
優しい、かぁ……。
まあ確かに物腰は柔らかいし女性に優しいよね。
でも、リーナちゃんの言っているのはそれとは少し違う気がする。
「うんとね、くるしんでるひとをみつけるのがじょうずなの。あのおにいちゃんのまほう、るりせんせいのににてる!」
私の魔法に似てる?
それは同じ聖属性魔法だからってことじゃなくて?
「すごくあったかくて、やさしいの」
にこにことそう話すリーナちゃんに、そっかぁと返す。
人の本質をリーナちゃんは見てるんだろうな。
私達が見えていない、カルロスさんの何かが見えているんだろう。
私もまだまだだなと息をつく。
「ところでせんせい、なんでそんなことしてるの?」
「あ、これ?うふふ。新しい遊びに使う物よ」
不思議そうにリーナちゃんが覗き込んできたのは、バラバラになった私が描いた絵。
そう、パズルを作っているのだ!
描いたのは、リーナちゃんが好みそうなウサギとクマがピクニックしているところの絵。
本当は手作りパズルならラミネート加工すると長持ちして良いんだけど……そんなもの、この世界にはない。
まあただの紙でもしばらくなら遊べるから良いんだけどね。
「これで最後……よし。じゃあこのバラバラになったピースをつなげて、元の絵に戻せるかな?」
「おもしろそう!やる!」
おお、目がキラキラしている。
そうよね、新しいものってワクワクするし、少し難しいことって楽しいものだ。
こっちかなぁ?ちがうなぁと言いながらリーナちゃんも真剣だ。
そうやってあれこれ試しながら、ピースをどんどんはめていく。
「できた!かんせい!」
そして出来上がったパズルに、満足そうな顔をしている。
でも、ここでちょっとイタズラ。
「う〜ん?でも見て、ここ。クマさんの顔のところ、ちょっと違うんじゃない?」
「あれ?ほんとだ……」
合っているように見えるが、よく見ると少しだけピースが重なっている。
「リーナちゃん、まだここにひとつ残ってるよ」
「え?あれ!?くまさんのかお、もうひとつあったの?」
そう、わざと本物に似ているけれど形の合わないピースを混ぜておいたのだ。
「これならぴったり!なーんだ、るりせんせいのいたずら?」
リーナちゃんがピースを入れ換えると、くまさんの楽しそうな顔が綺麗に出来上がった。
因みに先程のピースは、ちょっぴり困り顔。
ウサギさんとのピクニックなら、楽しそうな顔が正解よね。
「ふふ、いじわるピースがあるのも楽しいでしょ?」
あははとリーナちゃんも笑う。
「あ、さっきのはなしも、これとおなじ!」
急にリーナちゃんがそんなことを言い出し、首を傾げる。
「ぴんくのかみのおにいちゃんのこと。みんなはこっちがせいかいだとおもってるけどね、ほんとのおかおはこっちなの」
そしてくまさんの困り顔と楽しい顔を両手に持つ。
「るりせんせいなら、きっとわかるよ」
そう言ってリーナちゃんはにっこりと笑った。




