若木
「ベッドが広いって素敵ですね」
「三人で寝ても狭くないなんて、すごいわよね」
「広すぎていつもは少し寂しいなんて思ってたんですけど、良いこともあるんですねぇ」
黄華さんが気の済むまで泣いた後、私達は寝る支度をして同じベッドに潜り込んだ。
ラピスラズリ邸のベッドも十分広いけれど、王宮の聖女様用はさらに広い。
そりゃ黄華さんが寂しく思うのも分かるというものだ。
そんなベッドの上で他愛ない会話をして、くすくすと三人で笑い合う。
ああ、なんか良いな、こういうの。
とその時、一年前のリーナちゃんの不思議そうな表情を思い出した。
「そういえば、私、この世界に来たばかりの頃、リーナちゃんに聞かれたことがあるんです。『ともだちって、なに?』って」
何それ?答えにくい質問ですねぇと二人も苦笑いだ。
そう、それで私は『一緒に遊んだり、お喋りしていると楽しくて、時々ケンカをしてしまうこともあるけれど、嬉しい時は一緒に喜んでくれて、悲しい時は一緒に泣いてくれる人、かな』って答えた。
今までふたりのことを友達というより、仲間って感じかなと思っていたが、今回のことで友達とも呼べるようになった気がする。
「今度は、嬉しいことを三人で一緒に喜びましょうね」
ふたりもふわりと微笑んで、そうねと同意してくれた。
あ、そうだそれと。
「ウィルさんにもお礼を言わないと」
思わぬ人の名前が私の口から出たことに、一転して紅緒ちゃんは怪訝な顔をし、黄華さんは首を傾げた。
「いえ、実は黄華さんの異変に最初に気付いたのは、ウィルさんなんです。話を聞いてあげて欲しいって言われて」
「……あの男が?」
紅緒ちゃん、眉間の皺すごいよ?
相変わらずウィルさんが苦手らしい。
「え、ええとあとね!明日三人で行きたい所があるんだけど」
慌てて話題を変えると、紅緒ちゃんの表情も戻り、ほっとする。
黄華さんの話を聞いて思いついた場所なのだが、それを伝えると、ふたりは難しい顔をしてしまった。
「行きたいのはやまやまだけど……城下に下りるなら、あいつの許可いるわよね」
「そうですねぇ。一応私達、聖女ですからね。陛下には伝えないといけませんね。それとびっちり護衛がつくことも覚悟しなければ」
そ、そうだった。
私はよく町に降りてふらふらしているから忘れていたけれど、このふたりは言うなれば“箱入り”。
王宮の外に出るならそれなりの準備とか護衛が必要になる。
「あ、でも待って。あれを使えば……」
何かを思いついた紅緒ちゃんの話を聞き、その内容に私は驚愕したのだった。
そして翌日。
「よくもまあ、ルリ様は色々と思いつくものですね」
もう諦めた感満載のアルを宥め、私はいつもの馬車に揺られて公園の近くまで足を運んでいた。
そう。行きたい場所とは、昨日開放されたばかりの公園。
そこには昨日と同じくたくさんの親子が訪れており、その笑顔で溢れているのが分かる。
その様子を馬車の窓から顔を出して伺うと、自身とアルに魔法をかける。
「気配遮断」
朝紅緒ちゃんに習った、気配を隠すための魔法だ。
闇属性魔法持ちなら簡単にできると言われ練習してみたのだが、確かにレベルの低い私でもそれほど苦労なくできるようになった。
でもこの魔法、ちょっと物騒だと思ったのは私だけだろうか。
ほら、王様とか偉い人だと、暗殺とか刺客とかいろいろあるじゃない?
そういうのに使われるやつなんじゃ……ってね。
まあ、闇属性魔法自体ほとんど使える人がいないって言うから、それほど知られていないのだろうけど。
そんなことを思いながら公園に足を踏み入れる。
練習ではあまり分からなかったけれど、確かに私やアルの気配は薄くなっているようで、周りの人たちと全く目が合わない。
「これなら確かに、少しの時間聖女が三人集まってても、騒がれないで済みそうね」
「ええ。しかし赤の聖女様もなかなか……。ご提案に、陛下も絶句しておられましたよ」
はは、頭を抱えている姿が目に浮かぶかも。
でも、多少無理を言ってでも、黄華さんにこれを見て欲しかった。
目的の場所に着くと、近くの植え込みの影に入る。
魔法で見られづらくなっているとは言え、やっぱりできるだけ用心すべきだ。
「じゃあそろそろ呼ぶね」
そうして私は意識を集中して紅緒ちゃんと黄華さんに通信魔法を繋ぐ。
『あ、聞こえた』
紅緒ちゃんの声だ。
風魔法だけで繋ぐから心配だったんだけど、良かった、ちゃんと聞こえる。
「着いたよ。紅緒ちゃん、お願い」
『うん、やってみる』
通信先で紅緒ちゃんが呪文を唱えたのが分かった。
すると、短く伸びた私の影がゆらりと揺れ、そこから人の形が現れた。
「よっと、成功したみたい!」
「すごいですわ、私まで」
紅緒ちゃんと黄華さんだ。
そう、なんと紅緒ちゃんは闇属性魔法レベルMAXの力を駆使して、なんと転移魔法を習得していた。
知っている人や馴染みのある場所で影さえあれば、そこへ転移できるという魔法だ。
「僕達もいますよー」
「我々までもとは、ベニオ様の魔力は素晴らしいな」
リオ君とアルバートさんも一緒だ。
このふたりも一緒に転移させられるなら許可してやると陛下に言われたらしく、やってやろうじゃない!とケンカ腰で宣言し、見事やってのけたというわけだ。
因みに転移前にちゃんと気配遮断の魔法もかけてくれている。
そうじゃないと、こんなゾロゾロと美形が大集合してたら、そりゃ注目の的だしすぐに騒ぎになるに違いない。
とまあ、それはともかくだ。
「黄華さん、あれ見て下さい」
そう言って私は公園の端を指差す。
「あれは……」
驚きで黄華さんが目を見開く。
その視線の先には。
桜の、若木があった。
「まだ若いので小さいし、花開いたのも数個ですけどね。ほとんど落ちちゃったし」
「どうして桜なんて!?この世界に来て初めて見たわ」
紅緒ちゃんも驚きを隠せないようだ。
「うん。でも食べ物と同じように、草木も元の世界のものとほとんど同じものが、こちらにも存在しているのよ」
名称は少し違うこともあるけれど、ユリやコデマリなどもあった。
「こちらの世界にも、設立の記念に植樹する風習があるらしいの。第二騎士団のルイスさん、知ってる?彼が植えてくれたんだって。こっちでは、『オウカ』って名前らしいよ」
日本語風に書けば、きっと『桜花』かな。
信じられないとばかりに言葉の出ない黄華さんの目から、一滴の涙が頬をつたう。
「満開とは言えないし、桜吹雪なんて見られるのは数年後、数十年後かもしれません。でも、その時を楽しみに、毎年子どもたちの笑顔と一緒に見に来るのも、良いかなと思ったんです」
桜から視線をずらせば、そこには無邪気な子どもたちの笑顔と声。
いつか大切な人達と、満開の桜の下で、笑い合えたら―――。
「それは最高に、“幸せ”でしょうねぇ」
黄華さんの声に応えるように、柔らかな春の風が、私達の頬を撫でた。




